本田由紀先生インタビュー(五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』)

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目次

1 はじめに

本記事は、2016年5月15日に東京大学で開催された五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』後に、ゲストの本田由紀先生(東京大学大学院教育学研究科教授)にインタビューしたものです。

こちらの記事も合わせて御覧ください。
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* 【第1部】五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』
* 【第2部 前半】五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』
* 【第2部 後半】五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』
* 夏野剛氏インタビュー
* 陰山英男先生インタビュー

2 本田由紀先生インタビュー

教育現場の負担増加への対処

学校の役割が肥大化し、教員への多面的な「抑圧」が増加していますが、この現状をどのように改善していくべきとお考えですか?

(1)現状の教育システムを変える観点
 (2)教育現場や家庭の要求に対処する観点
 (3)教員自身の心のもちようについての観点

の3つの観点からご意見をお伺いしたいと思います。

教育現場の負担増加への対処(1)

ではまず、(1)現状の教育システムを変える観点からお話をお聞かせください。

現状の教育システムを変える上で重要なのは主に以下のことだと考えています。

・教員の絶対数を増やすこと。
 ・定義としての教員の役割を変えること。
 ・日本政府が抑制してきた教育への予算をあげさせること。

の3点です。

教育予算を上げることはとても重要ですが、このことに関しては文字通りそのままですので、ここでは教員の絶対数を増やすこと、定義としての教員の役割を変えることの2点に着目します。

教員の絶対数を増やすということは、決して教員採用の基準を下げるということではありません。新卒のみならず、教員免許を持っているものの、現場から一度退いた方や、民間の機関からの教員を増やすということです。

そのような教育に関するノウハウをある程度持っている方々に一定の研修を課せば、教員の質が下がることを防ぎつつ、教員の絶対数を増やすことが可能です。教員1人あたりの担当する生徒数が減れば、教員の負担が軽減されるのは自明です。

また、教員の役割を変えるということに関してですが、これは教員の視野の問題に近いです。現行の教育システムでは、ただでさえ多くの負担に追われる教員は、教室という1つの集団のくくりの中に属する生徒全員をある程度の秩序を維持しつつ指導する役割を求められます。この状態を改善するためには、多数の生徒集団全体を管理する握割よりも個々の生徒の進度を把握し適性を伸ばす役割に重きを置く必要があります。

教員を増やすことで1教室あたりの生徒の人数を減らすことが可能なので、教員1人1人の負担が軽減されるうえに、アクティブラーニングを効率化し、個々の生徒の個性や学習進度に目を配ることができます。つまり、教員の絶対数を増やすことと教員の役割を変えることはある程度相関していて、どちらも教育システムによる教員の負担を減らすことに繋がります。

教育現場の負担増加への対処(2)

では次に、(2)教育現場や家庭からの要求に対処する観点からのご意見をお願いします。

まず思いつくのは、いわゆる「モンスターペアレント」ということです。このモンスターペアレントが出現してきた過程というのは、一概に悪いこととは言えないと思います。以前は家庭が学校の要求に従っていましたが、家庭も学校現場に要求を出せるようになれば、教育の改善に繋がる面があると考えるからです。

ただ、モンスターペアレントを全面的に容認しているわけではありません。家庭の側にも当然要求の限度というものがあります。

教員への負担を減らすには、家庭からの過度な要求に対しては、教員ではない専門の方が一元的に対処する仕組みが必要です。例えば、教育委員会側がバッファーとしての対応窓口を設けるなど、学校現場を担う個々の教員が対応せざるを得ない状況を減らすことです。

個々の教員に、モンスターペアレントへの対応の負担を丸投げすることはあってはなりません。無下に家庭からの要求をシャットアウトせず、かつ教員側の負担にならないよう、家族と教員のインターフェースをうまく変容させていくことが肝心です。

教育現場の負担増加への対処(3)

では、(3)教員自身の心のもちようについての観点からのご意見をお願いします。

教員に限らず、どの職業でも意識改革は難しいので、一概には言いにくいですが、思うところはあります。

自分の仕事に誇りを持っているからこそ、個々人が様々な負担を背負ってしまうものですが、そうではなく、誇りと釣り合う報酬を要求できるような積極的な意識を教員が持つことが可能な環境を周りが整える必要があると考えます。その中で、教員が受け身ではなくアクティブな存在になることができれば望ましいです。

日本全体として、システム改革ではない麻薬のような理念をふりかざす動きが目立ちますが、理性的な知的な意識改革が必要です。

教育以外の分野で新たなユニオンが活躍している例があるように、日教組や全教ではないユニオンを教員が作ろうとする動きがあってもいいと思います。教員個人がつながり、自ら上げた声を広めていくようなユニオンが求められています。

教育委員会は頭が柔らかいとは言えません。過剰な要求に耐えるばかりはなく是正の声を唱える必要は当然ある。そのような環境を整えるための情報交換の場や教職員同士の繋がりのきっかけをROJEやEDUPEDIAが作れる可能性もあるのでは?

教員の声を取り上げ、意義のある実践や主張を教員間に広げる双方向のメディア、媒介、アクターになれる存在としてEDUPEDIAが活躍できれば、教員の意識に良い影響を与えることができると思います。

教員の「声」に関して

教員の「声」に関して、先ほども少しお話していただきましたが、詳しくお話をお願いします。

今まで教員は様々な負担に耐え忍んできました。例えばですが、部活問題は中学で限度を超えています。その中で、多様な不満を持つ教員が団体や会を立ち上げ、ブログを活用するなどして声をあげています。

これらの一連の声や動きはようやく目に見える形になろうとしていると私は考えます。その結果、文科省が少なくとも一定程度は対応せざるをえないレベルに来ています。それが、教育現場の改革の一歩に繋がるのです。

やかましく声をあげて主張することは大事です。声をあげるやり方としては、デモなどだけでなく、様々なツールを活用できる時代になっています。Twitter等のSNSが最たる例です。インターネットを通じた、怒りや主張の声は近年届きやすくなってきている。部活問題を扱ったTwitter上の呟きが拡散しているのを見たことはありませんか?

さらには、高揚する現場からの声に対する文科省の対応がもし表面的なものにすぎないならば、さらにそれへの批判をすることにより、文科省は追いこまれ、段々と教員の声を無視できなくなります。

この流れをあらゆる方法でおこすことが大事です。そのためにも、何事もそうですが、教員が可能なことから声をあげることが必要です

学力と人間力を垂直的に捉える現状の教育について

学力と人間力形成を垂直的に捉える現状の教育についてお話をお願いします。

中高接続や入試では、皆さんがよく知っているように、「学力」が問われています。また、推薦入試ではある種の「人間力」が問われているといえます。これらは垂直的なものさしで生徒をはかっていることに等しいです。

そのような制度的基盤がある限り、学校現場や教員が学力や人間力を気にせざるをえなくなっています。この現状を改善するためには入試改革が最も有力です。

たとえば、微細な偏差値的な差異を目立たせるのではなく、ざっくりとした基準と認定の制度を導入することが考えられます。現状では生徒が学力や人間力による垂直軸で振り分けていることにより、十分に力があるのに発揮できない烙印を押されてしまう生徒がたくさんいるのです。垂直的に能力をはかるのではなく、様々な分野のスキルや異なる関心・志望といった水平的な多様性を尊重することで、生徒の可能性を第一にした教育が求められているのです。

中学から仕事を視野に入れた教育を行うことに関して

中学から仕事を視野に入れた教育を行うことに関して最後にお話をお願いします。

仕事を視野に入れた教育を、高校で展開・拡充するために、中学においてそれをすでに準備しておく事は必須です。それに応じて、現場の教師に求められることは変わりますし、その負担軽減が求められます。

また、中学は義務教育ですから、職業的意義がある教育を考える際にも、専門に分化した教育を行うことは難しく、様々な分野を広く見渡すような教え方をする必要性があります。

それを実現するためには、たとえば、様々な職業分野を大まかに切り分け、それらを年間のカリキュラムに配列して、それぞれのリアルな実情を学ぶといったやり方が考えられます。そのようなカリキュラム案を、私自身が実際に作成してみています。

個々の授業についても、学校の外部の様々な職業分野の専門家に協力を得て授業案を作り、試行的に実施してみました。教員の経験は当然限られているので、職業を視野に入れた教育を教員に丸投げすることは難しいでしょう。それぞれの職業のベテランをお招きして、実際に仕事がどうなされているのかを、自分で頭や体を動かしながらアクティブに学ぶことが重要ではないかと考えています。

ただし、このような教育計画を実行に移すには、様々な課題があり、すぐにできるわけではないです。地域で頑張っている優良企業の協力や、産業界側と教育現場を結びつけるようなプラットフォームも必要です。父兄の力を借りることも大事です。

子供たちの将来を大事にした教育を実現できればと思います。もちろん、教員の負担を軽減したうえで、です。

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3 本田由紀先生プロフィール

東京大学大学院教育学研究科教授

1964年徳島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程卒。博士(教育学)。日本労働研究機構(現 労働政策研究・研修機構)研究員、東京大学社会科学研究所助教授等を経て現職。日本学術会議会員。専門は教育社会学で、教育・仕事・家族という3つの社会領域間の関係に関する研究を主に行う。日本におけるその問題点と変革の必要性について積極的に発言している。

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