「大人になれなかった弟たちに……」中学国語の授業 教材研究~戦争と弟の死は何を問いかけているか~

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はじめに

中学国語1年(光村図書)の「大人になれなかった弟たちに……」(米倉斉加年)の教材研究です。
 戦争、家族、命といったテーマだけでなく、作者の思いが表れる表現にも着目し、自分と他者、社会との関わりについて考えるきっかけになる単元になればと思います。

目次

1 題名や表現について

なぜ題名は「弟たち」と複数になっているのか?

「弟たち」と複数形にしている理由は、ヒロユキの他にも、同じように戦争や栄養失調で死んでしまった幼い子ども、乳児がたくさんいたことを表すためであると考えられる。

『ちいちゃんのかげおくり』(光村図書 小学 3下)で「ちいちゃんの命」ではなく、「こうして、小さな女の子の命が、空に消えました」という表現も同様。

板書で比較すると考えやすい。

なぜ「ヒロユキ」はカタカナ表記なのか?

「ヒロシマ・ナガサキ(被爆地)」と同じく、平和や戦争に関連する事柄として普遍化し、特別な意味を持たせるためだと考えられる。

誰にどんな思いを伝えようとしているのか?

戦争へ:空襲で街(物)を壊すように、子どもたちを殺すことへの怒り。

大人へ:未来をつくる子供を奪うことは何を意味しているのか、問いかけているようだ。
(子どもを守るために耐えるのは母、守るために戦うのは父、といった時代の性別観も感じられる)

子供へ:戦争が何かも分からない年齢の子でさえ、命の奪い合いに巻き込まれることの理不尽さ。
(大人に「なれなかった」のだ)

2 情景描写ー美しさが深い悲しみを表す

疎開:「美しい青空」「桃の花が咲く山村「桃源郷」

母にたくさんあゆを食べてもらえると喜ぶ「僕」の胸の高鳴りが、これから始まる苦しい生活や弟の死、喪失感を際立たせている。

小学校では、「スイミー」「ちいちゃんのかげおくり」などの作品にも同様の仕掛けがある。

弟の死:「空は高く高く青く澄んでいました」「青空にきらっきらっと機体が美しくかがやいています」「歩いているのは三人だけです」

広い青空(明)と小さな三人(暗)を対比的に表し、ヒロユキを失った空虚感を表現している。
 死んだ弟も「そこにいる」一人に数えることで、三人で家族という一体感と同時に、弟一人だけ別世界にいるような虚しさを感じさせる。

3つの美しさ

「美しい顔」ー強い顔、悲しい悲しい顔、子供を必死で守る母の顔

「美しい青空」ーあゆ、桃源郷

「美しく輝く機体」ー死んだヒロユキを負う母と毎日のように爆弾を落とすB29

戦争という灰色の世界に、色ではなく「美しさ」という言葉で何を示しているのだろう。

3 主題を考える視点

「栄養失調」と「空襲の爆撃」

栄養失調
死の際にみんなが周りにいた。
幼い子供が先に犠牲になる。
戦争がもたらすひもじさによるもの。
食料を手に入れるために、人は優しくも残酷にもなる。
(母の献身、ミルクを盗み飲みする「僕」、親戚)
死は本人の内側から発生する。
「もっとこうしていれば、、」と自分が悔やまれる余地がある。

空襲
死の際にばらばらになってしまう。
対象は大人も子供も無差別。
殺される。
戦争を恨むしかない。

「ひもじさ」と「弟の死」

「ひもじかったことと、弟の死は一生忘れません。」
戦争がもたらしたひもじさによって、「僕」は弟のミルクを何度も盗み飲みしてしまう。
一方、疎開先で母に毎日あゆを食べさせてあげられる生活を桃源郷のように夢見る。
食べ物から、人の卑しさも喜びも生まれている。

母親の献身もかなわず、弟は食べ物がなく死んでしまう。
「小さな小さな口」のヒロユキには、自分よりも多くの食べ物が必要だったとは思えない。
なのに、なぜ死んでしまったのか、、

大人になった「僕」と大人に「なれなかった」弟

もしかして、自分が大人になったから、弟は大人になれなかったのか。
弟を殺したのは戦争なのか、それとも、、、

弟の死に対して「僕」の思いが表現されているのは、作品最後の「ひもじかったことと、弟の死は一生忘れません。」と「病名はありません。栄養失調です……。」の「……」の中だと考えられる。

弟の死に対する自責の念。戦争への憤り。
弟に対する、自分が生きることへの責任感。

4 戦争・食料を考える参考資料

やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと(NEWSポストセブン)


アンパンマンポータルサイトより)

「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。(中略)困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。(記事より引用)

戦後70年:数字は証言する データで見る太平洋戦争(毎日新聞)


(1946年5月の食糧メーデーで空腹を訴えた子どもたち 記事より)

総力戦体制による軍需増強のため困窮した国民生活の中、戦前と比べ、敗戦後には子どもの全年代(6歳~18歳)の平均身長がマイナス、最大6センチも縮んだそうです。

記事では、当時の食料事情や、戦時中に国民の話題になったと言われる宰相・東条英機陸軍大将が民家のごみ箱を調べたエピソードなども紹介されています。

関連授業

「ちいちゃんのかげおくり」教材研究~空(色)とかげおくりから、作品を読む~

記事内に何度か出てきた作品です。「かげおくり」「空の色」を中心に、ちいちゃんの家族への思いを読み解いています。(小学3年)

「一つの花」授業案 ~考えを交流する授業~(作品を貫くお父さんの思い)

食べ物、戦争、家族愛について「目に見える、目に見えない」と対比的に捉えました。(小学4年)

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (3件)

  • 遥か昔46歳の長男、国語勉強で小学生か中学生かな?凄く心に残ってる 大人になれなかった弟たち の内容が70歳になった今でも鮮明に覚えています 戦争の悲惨さは色々聞いたり、見たりしてきましたが何故か米倉斉加年先生の、こちらは棺桶に入れた時の母と兄の驚きの表現が特に印象深く残ってます、そして周りの景色桃源郷 米倉斉加年先生の作品は素晴しいですね😔

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