グローバルリーダーを育てる最先端の大学院教育はこれだ!~東京工業大学グローバルリーダー教育院~

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目次

1 はじめに

2018年9月に行われた、東京工業大学グローバルリーダー教育院のシンポジウムについての報告です。「グローバルリーダー教育院(AGL;Academy for Global Leadership)」は、2011年4月に東京工業大学独自の取り組みとしてスタートしました。1年後の2012年に文部科学省「博士課程教育リーディングプログラム」に採択され、最終年度となる2018年度まで、一橋大学との文理共鳴や産官学との連携を図りつつ、社会が求める真のグローバルリーダー人材の育成に取り組まれてきました。これまで126名の学生がAGLに関わり、13名の修了生がおり、産業界に新風を巻き込む若い優秀な人材を輩出しています。

今回のシンポジウムは、AGLのこれまでの歩みと今後の展望を総覧するものとなっています。AGLは7年間の時限プログラムである「博士課程教育リーディングプログラム」のひとつであり、本年度(2018年度)が最終年度となりますが、AGLの後継として「リーダーシップ教育院」が東工大に新設され、今後も教育プログラムは継続されることになっています。

本記事では、AGL3期生の吉木均さん、AGL4期生の西田貴紀さんが「AGLでの経験」について語った講演会を取り上げています。

2 東京工業大学 グローバルリーダー教育院(AGL)とは?

AGLには専任教員が主催する「道場」科目群があり、「科学技術系道場」(大隅規由先生・齋藤義夫先生)と「人文社会系道場」(山田圭介先生・松木伸男先生)が置かれています。学生は両方の道場に所属し、それぞれ科学技術や社会・経済を切り口に、自分の「価値」を再考し、さまざまなことに挑戦します。志向や専攻分野の異なる学生同士でディベートやグループワークを重ねることで、対話力や合意形成能力を高め、実社会で通用するリーダーシップを発揮する力を身につけていくことになります。また、国内・海外の企業や国際機関、研究機関などで、3ヵ月以上のプロジェクトに参加し、自身の専門知識やリーダーシップを実社会で試すことで、何が通用し何が足りないのかを再認識する「オフキャンパス」というプログラムがあります。これらの取り組みを通じて、高度な専門性と強靭なリーダーシップを兼ね備えたグローバル人材が育まれるのです。

そもそも「リーダーシップ」は曖昧模糊としており、「これだ!」というものがないので教えることができません。学生たちは試行錯誤を重ねて、自分自身でリーダーシップをつかんでいかなければならないのです。AGLでは研究の専門性を高めるだけでなく、企画を最後までやり遂げたり、国際的な場で研究を行ったりするなど、さまざまな経験を通して、グローバルなリーダーシップを自分のものにしていくことができる環境が整っています。

3 吉木均さんご講演「私のキャリアとAGL」

●AGLに取り組んだ理由

自分に裁量が与えられる環境でさまざまなことに挑戦したいと考え、博士課程+AGLという環境に飛び込みました。以下の3つのことに取り組みました。
①自分の手で医療機器を研究・開発すること
在学中に新たな止血用の医療機器を発明・開発し、特許を取得しました。
②自分の手でビジネス・事業を開発・展開すること
AGLの道場やオフキャンパスにおいて5つ以上、のべ2年間におよび新規事業のプロジェクトに携わることができました。自分の専門を深めるだけでなく、医療以外の幅広い分野に携わることができました。
③グローバルな環境の中で、自分の力で活躍すること
通常の博士課程では国際学会での発表が修了要件になっていますが、それに加えてハーバードでのネゴシエーション・プログラムや、スタンフォードでのデザイン思考研修、自ら企画した海外研修などを通して、研究だけではない海外でのチームワークの経験ができたと感じています。

これらはあくまで私の例で、実際にはそれぞれのAGL生が、それぞれの目的を持って自分のプログラム・自分がやりたいことを追究しています。

●AGLプログラムでの学び

AGLでは「企画→実践→学習」というステップを、自分たちで全てやり遂げなければなりません。道場グループワーク、道場プロジェクト、オフキャンパスといったプログラムを、自分たちで企画して実践をし、学びを得るというサイクルを、少なくとも5回、自主企画を含めればそれ以上に取り組むことが求められます。しかも、「これを何年次にやりなさい」と設計されているわけではありません。全て自分でデザインしていきます。企画から実践までを自主的に行うことで、リーダーシップを発揮するとは一体どういうことなのか、一連の経験として身につきます。AGLに所属した学生は、修了後の進路が学術分野であろうと、その他の分野であろうと、自ら道を拓いて環境を問わずに能力を発揮できる人材へと成長できるプログラムでした。

AGLに参加した初期は、とにかくがむしゃらに、いろいろなプロジェクトに参加することになります。グループワークや自分で企画した研修などで、さまざまなトラブルに巻き込まれたり、チームが上手く機能しなかったりして、研究の方に支障が出たりと、大変な経験をすることもあります。その中でリーダーシップをとり、結果を出していきます。目先のことだけでなく、2年後・3年後を見据えて、どういったことをやらなければならないのか、何をしたら自分のためになるのかということを、長期的に考えた上で、さまざまなプロジェクトを計画していきます(例えば「アフリカ、ウガンダ研修」「モロッコ研修」「子どもの貧困最前線!」「熊本の未来をつくろう」「夢見つけよう!東北」「性格分析に基づく就活支援マッチングシステムの開発」などなど……)。他の人の興味に寄り添って、人を巻き込めるようなプロジェクトにしていくなど、リーダーとして求められる能力が自然と身についていきます。

加えて、「道場主」「メンター」の先生方が、このプログラムに専任としてついて下さっています。一人ひとりの学生のリーダーシップ教育に十分手がかけられたプログラムになっていると思います。大学教育としては難しいところだとは思いますが、リーダーシップ教育において専任教員の存在はとても大きかったと感じています。
東工大の博士課程で世界に通用する専門性を身につけることにプラスして、将来や社会を見通す俯瞰力、チームで課題解決に取り組むリーダーシップを兼ね備えて卒業できるような、そういったプログラムであったと思います。

●私の現在とこれからのキャリア

博士課程修了後は医療機器の研究から身を引いて、ZS Associatesのコンサルタントとして、医療機器・新薬の上市(承認された新薬の市場販売)・マーケティングや営業に関する戦略を考える仕事をしています。新しく開発された医療機器をどのように供給すべきか、これから糖尿病の治療薬や治療機器がどのように進化していくのか、新しい機序の抗がん剤をどのように医師や患者に説明するのか、といったことを分析・提案しています。

ZSは2人の創設者(Zoltner教授とSinha博士)のうちがSinha博士がインド人ということもあって、社員の半数以上がインドにいます。また製薬・医療機器企業の多くは北米・欧州に拠点を持つため、プロジェクトの中では北米・欧州チームとの連携が必要不可欠になります。日常的にインド・欧州・北米との連携が求められるグローバルな環境の中で、「プロジェクトを成功させ、お客様の成長を助ける」「チームメンバーを尊重しあい、チームで成果を出す」という2つのことを常に考えられているのは、AGLのおかげです。

●AGLの特色と期待される卒業生の活躍

AGLは実験的な取り組みであることもあり、通常の博士課程と比べて進路や時間の使い方に違いがあります。平成26年5月に文部科学省から出された「博士課程学生の経済的支援状況と進路実態に係る調査研究」では、工学部の博士課程を卒業した人の進路は、非研究職に行く人の割合が1%程度で、基本的に研究員か大学教員、あるいはエンジニア(技術者)に就職しています。通常の博士課程在学者が手持ちの時間のほぼ全てを研究に費やすことから、これらの進路を選択することが既定路線になっているのが現状です。それに対しAGL生は、時期によっては半分以上の時間を、平均でも2割程度の時間をAGLに投じています(図中右、紫色の部分がAGL関連の時間)。私もD1の後期は半分以上の時間をAGLに割いていました。
現在はAGLから卒業生が輩出されつつある段階ですが、大半を研究に費やしていた学生とは異なる人材が輩出されると考えられ、上記の調査研究から見えた従来の博士像とは異なる、研究者の枠にとどまらない、産業界で幅広く活躍する博士人材が輩出されてゆくと期待されています。

●AGLの今後について

AGLは従来の博士課程とは異なるユニークな教育プログラムです。このプログラムのエッセンスは、既に東工大の学部教育課程に部分的に組み込まれつつあります。また、リーダーシップ教育院として今後も東工大の中で継続されてゆきます。AGLという実験的プログラムの成果が、今後の東工大、あるいは我が国の高等教育に活かされていくことになれば、卒業生として大変うれしい限りです。

4 西田貴紀さんご講演「出会う、が、世界を変えていく」

●これまでの経歴と現在の仕事

私は一橋大学経済学研究科の修士課程を修了し、同時にAGLの松木道場と大隅道場にも所属しておりました。修了後、新卒でシンクタンクに入社し官公庁のコンサルティング業務に従事していたのですが、AGLでは機会があってビッグデータ解析をするインターンシップをしており、そのスキルを活かしたいという気持ちが強くなり、現在はSansan株式会社のData Starategy & Operation Centerにて研究員としてビッグデータの解析を仕事としています。

Sansanは「名刺」というビジネスでの出会いの証を資産に変えるという、名刺管理サービスを提供しております。その中で私は「出会うべき人に出会える世の中をつくる」ために、「人と人との出会い」「人と企業との出会い」「企業と企業との出会い」「人とモノとの出会い」など、さまざまな「出会い」を研究しています。誰と誰が名刺交換をしたのかという「出会い」のデータベースをもとに、「出会いがもたらす成果の予測」に取り組んでいます。「この会社に転職するとどうなるか」「この人はこの企業に転職するのではないか」「この企業とこの企業が出会うことでイノベーションが生まれるのではないか」といったことを明らかにし、出会うべき人に出会える世界の実現を目指しています。

●AGLで学んだこと

AGLでは言葉にできないほどたくさんの学びを得ましたが、今回はその中から5つのことをご紹介したいと思います。

①「良い人間になること」

松木道場での一番の教えは「良い人間になりなさい、人間関係ができないと何も始まらない」でした。私自身も社会に出てから、心地よく働ける人間関係を築くことが重要だなと実感しています。「良い人間である」ことは、ビジネスで結果を出すために何よりも大前提になります。松木道場では、(1)「sell yourself」→(2)「sell your company」→(3)「sell your products」という順番で話すと良い、と学びました。今でこそ、その真意が十分に理解できます。自社の商品の良さを説明したり、大企業であることや企業ブランドをアピールしたりするのではなく、自分自身がどういう人間なのかを伝えられないといけません。自分のアイデンティティをしっかり持ってアピールできる人間になれるように、日々精進しているところです。

②「フラットなチームを作る」ということ

多種多様な人がいて、その人たちのナレッジはきちんと理解して尊重しないといけないと思っています。松木道場のグループワークではいろんな専攻の人がいて、価値観も考え方も違っていました。時にはグループの中に、やる気を無くしてしまっている人もいました。
しかし、彼らは自分にはない知識を必ず持っています。グループワークを通じて、チームとして何かを成し遂げるには、みなをリスペクトして、良いところを引き出していくことが、チームの力を最大限にすることが必要だと学びました。フラットに意見を言い合える環境・関係性をつくることで、単なる「グループ」から「チーム」に変わっていくんだと思います。

③「自立するためにたくさん依存する」こと

自立するというのは、たくさんの人に依存することだと思っています。大学生は「100%仕上げていかないと他人に見せない」という変なこだわりを持つ人が多いんですが、一人が考えた100%なんていうのは大したものじゃないと思ってます。20%でも30%でもいいから、途中の段階でも恥ずかしがらずに、どんどん意見をぶつけていく。そしてフィードバックをもらうことで、自分も相手も納得するものを作り上げることができます。
これは大学院在学中からずっと意識していました。修士論文を書いていたときは、先生のオフィスアワーには毎週必ず行って研究について質問し、分析結果を見てもらっていました。会社に入ってからも、プロジェクトリーダーに「これはこういうことですか」と確認したり、デモを早めに作って持ったりすることを続けています。認識の違いを生まないですし、質の高いアウトプットをすることにつながっていると感じます。

④「正しさだけにこだわらない」ということ

研究の世界ではエビデンスをもとに仮説を実証していくため、そこには「正しさ」が不可欠です。しかし、研究の世界を出ると、正論を振りかざすだけでは通用しないときもあります。「正しいこと」と「面白いこと」と「世間に認められること」の3つは必ずしも一致しないんですね。「正しいこと」を言うだけでは物事が進みません。
例えば、「差別をしてはいけない」ということが「正しいこと」であると分かっていても、それが実際には受け入れられないから問題になっているわけです。自分の伝えたいメッセージがある時には、そのメッセージの「正しさ」だけではなく、「世の中に受け入れられるにはどうしたら良いのか」「面白く伝えられるメッセージを残すにはどのような伝え方をしたら良いのか」を考えることが重要だと思います。

⑤「一歩踏み出す」こと

ビッグデータ解析のインターンシップでは、Python(パイソン)というプログラミング言語を学ぶ必要がありました。実際にトライしてみると楽しかったのですが、その楽しさは一歩踏み出して、挑戦したからこそ掴むことができました。AGLに参加したこと自体も、一歩踏み出す挑戦だったかもしれません。自分の世界を広げるために、「一歩踏み出す」のは重要なことだと思います。

●「出会い」の重要性

最後に、私が研究している「出会い」の重要性について、自分の経験をお話しします。2つの大きな出会いがあったからこそ、今の自分のキャリアがあります。

◇石川善樹さんとの出会い

予防医学の研究者で、企業のコンサルティングもされている石川善樹さんとの出会いは、私の人生を大きく変えました。インターンシップにも誘っていただき、そこでビッグデータ分析を学ぶことで今の仕事が出来ています。石川さんから学んだことは、「志の高さは視点の高さに通じる」ということです。
インターンシップでファッションの研究をすることに決まった際、石川さんと一緒に考えた問いは「カッコよさとは何か」でした。ふつうは、具体的で答えが導ける見込みのある問いを立てて解くと思うのですが、「カッコよさとは何か」という問いは一見どう解くのかわかりません。これまで、「どうしたらそういった現象が起きるのか?」という「How」の視点で問いを立てたことはありましたが、「○○とは何か?」という「What」の視点で問いを立てたことがなかったことに気づきました。
そもそも「カッコよさとは何か」という問いは哲学的であり、この問いを解くためには、これまでどう考えられてきたのかという美学や歴史についても学ばなければなりません。また、どう数値化すればいいのかということで、数学や機械学習の知識も時には必要になり、いろいろな学問分野を学ばないとこの問いの答えを導くことができません。つまり、志の高い問いを持つことで俯瞰的になり、いろいろな分野を学ぶ環境になるんです。志の高い問いを立てることで、自分の知識もどんどん深まっていくということを石川さんから学びました。

◇コムデギャルソンとの出会い

「コムデギャルソン」というのは服のブランドで、私が大好きなブランドの一つです。「コムデギャルソン」とはフランス語で「少年のように」という意味があり、そこには「少年のような冒険心」という思いが込められています。ちょうど私が転職するとなったころに、「○○研究所の西田」、といったような所属先の名前ありきの売り方で一生生きていくのは違うなと思っていて、でもそれが実現できるのか自信がなく、なかなか決心が出来ませんでした。その時に、コムデギャルソンのオーナーデザイナーである川久保玲さんのインタビュー記事を読み、「情熱を持ち、自分の信念に従って働く人が好きです」という言葉や、1982年の「黒の衝撃」と呼ばれる賛否両論のある既存の価値観を破壊したコレクションを見て勇気づけられました。「コムデギャルソン」というブランドとの出会いが、私に一歩踏み出す勇気をくれました。

●出会う、が、世界を変えていく

石川さんやコムデギャルソンとの出会いは偶然だったかもしれませんが、それを可能な限り必然に変えていきたいと思っています。石川さんからは自分の進むべきキャリアを、コムデギャルソンからはそのキャリアを自分自身で切り拓いていく勇気をもらいました。だからこそ、この「出会いの力」をみなさんが享受できるような世界を実現したいと思っています。AGLはたくさんの出会いの場でもありましたから、本当に感謝していますし、今後もみなさんがその出会いを活かしていけるようなプログラムであり続けてほしいなと願っています。

5 編集後記

文理の垣根を越えて、グローバルリーダーを育成するAGLは、力のある先生方と優秀な仲間に出会うことができ、そして数多くのチャンスを貰うことができる、非常に魅力的なプログラムであると強く思いました。登壇された吉木さん・西田さんのお二人には、講演の内容をご覧いただいた通り、自分自身でキャリアを切り拓き、さまざまな人との関わりを持ち、仕事の上ではハイレベルな成果を出すという、21世紀に求められる「実践力」があります。グローバルに活躍する人材を輩出してきたAGLは、東京工業大学「リーダーシップ教育院」へと引き継がれ、今後ますます注目度が高くなってゆくでしょう。
(取材・編集:EDUPEDIA編集部 山田駿亮)

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