強みを見つけてのばす! ポジティブ教育の実践(【教育技術×EDUPEDIA】スペシャル・インタビュー第37回 足立啓美さん)

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目次

1 はじめに

本記事は2020年4月1日に小学館から発売の、『見つけてのばそう! 自分の「強み」』の著者、足立啓美さんへのインタビューを記事化したものです。

今回の取材では、ポジティブ教育とは何か、学校現場での実践の仕方、同書の学校での使い方などについてお話を伺いました。「子どもたち一人一人の強みを育てたい」「子どもたちに自己肯定感を育てて欲しい」という先生方は是非ご一読ください。

(2020年11月11日取材)

2 ポジティブ教育について

ポジティブ教育とは?

ポジティブ教育というのは、ポジティブ心理学の知見を教育に応用して、子どもの学ぶ力、日々の充実感や幸せ、生きる力など、非認知スキルや生きる力を育てることを支援していく、教育的なアプローチになります。

日本では馴染みのない言葉かもしれませんが、欧米ではポジティブ教育(Positive Education)という形で、多くの学校で取り入れられています。

ポジティブ教育の3つの特徴

ポジティブ教育はいくつかの特徴があります。

1つめの特徴は、「学ぶ力」と「生きる力」の両方を大切にすることです。子どもたち一人ひとりの学ぶ力や学力を育むことに加えて、自分らしく、周囲と良い関係を築き、幸せに生きていく力、つまり生きる力を養うことを目標にしています。学校教育においては、どうしても学力を上げることに注力してしまいがちです。しかし、幸せな人生を送るためには、対人関係能力や自分らしさ、感情のコントロールの仕方など生きる力も育てていくことも大切です。そこでポジティブ教育では、生きる力と学ぶ力、その両方を大事にしています。同時に、子どもを取り囲む教員や保護者、クラスや学校という集団や組織のウェルビーイングも大切にしています。

2つめの特徴は、エビデンスベースの教育的アプローチであるということです。科学的に実証された概念や手法を大切にしています。ポジティブ心理学の知見を教育に応用し、子どもたちの学ぶ力の育成に加え、 一人ひとりの日々の充実感や幸せを支援する教育的アプローチです。具体的には、ポジティブ心理学の枠組みを支える「強み」や「レジリエンス」研究や、 ウェルビーイングに関するPERMA-Hモデルを基盤として、各要因をカリキュラムに導入するなど教育現場で応用されています。

PERMA-Hモデル(一般社団法人日本ポジティブ教育協会HPから引用)

3つめの特徴は、レジリエンスを育む「予防」と、ウェルビーイングを養う「養成」という2本の柱で構成されているということです。レジリエンスと呼ばれる逆境や困難に直面したときに回復できる力を育てるということは、予防教育にあたります。昨今、うつ病の低年齢化や、自殺の増加という課題もあります。そこで、メンタルの不調を予防するために、レジリエンスを養っていくことがますます必要になってきます。また、困難や逆境に負けない力を育てることは、試行錯誤しながら答えにたどり着く、もしくは答えがない問いに取り組む際にも重要な力となります。そういった状況でレジリエンスを発揮することで、諦めずに学習を続けることができるようになります。そのため、これからの時代レジリエンスはとても役立ってくるわけです。同時に、自分らしさを発見したり、周りと良い関係を築く力を育てていくような、よりよい人生になるための力を育成していくことも大切です。この予防と養成は相互に影響しあいながら、たくましく生きる力を養います。


一般社団法人日本ポジティブ教育協会HPから引用

ポジティブ教育における性格的な強みの位置づけ

性格的な強み(キャラクター・ストレングス)というのは、ポジティブな性格特性です。そして、自分という人間をあらわすアイデンティティーの核であると同時に、普段の考え方や行動の中にもその個人の特徴としてあらわれます。また、強みは1人1つではなく、誰でも複数持ち合わせていて、その強みが掛け合わさることによって、その子らしさというものが表現されてきます。

性格的な強みに関する科学的な研究が、ポジティブ心理学の枠組みの中で始まったのが2000年代初頭のことです。VIA(Value in Action)プロジェクトと呼ばれたこの一連の研究成果により、 時代や文化の違いを超えて人類に共通する6つの美徳とそれにつながる 24の性格的な強み(キャラクター・ストレングス)が特定され、 続いて徳性的な強みを科学的に測定するアセスメントも開発されました。

この性格的な強みの研究が進み、仕事や教育、人間関係など様々な領域で強みを意識的に活用することの恩恵などが明らかとなってきました。例えば、人生満足度と自己肯定感の向上、抑うつリスクの低下、レジリエンスの育成と強化、学校への適応能力の向上と学習態度の改善などが報告されています。

また、親が子どもの強みに注目すると、子どもの幸福度が上がったり、ストレスが減少したりする傾向があるという研究報告もされています。

3 強みを見つけてのばすために

子どもの強みを発見するために先生ができること

まずは、性格的な強み(キャラクターストレングス)というものがあることを知るのが大切だと思います。本書で取り上げた24の強みは誰もが持っています。中には「これも強み?」と驚かれることもありますが、一つ一つの強みについて理解することが最初の一歩です。

次に、日常の生活の中で「この子の強みは何だろう? 」という視点で子どもを見ることが大切です。強みは、例えば自制心や思いやりなど、目に見えるものではないため、その子の言動をよく観察してその子の強みを探っていくことが必要です。その子がよくやっている行動だったり、進んでやりたがる行動、やっている時にその子が生き生きしていたり、時間を忘れて没頭していたりする様子などが、強みを見つけていくポイントになってきます。

最後に、先生が児童・生徒に対してその子の強みを伝えることが大切です。ただ、「あなたの強みは自制心だね」と直接伝えてもピンとこないと思います。「こういう行動をしたことによって、先生はあなたの強みを見つけました」と、どんな行動が証拠になっているのか、なぜそう思ったのか、という理由も一緒に伝えてあげるとより伝わりやすくなります。

例えば、「長い時間待てたね。すごく我慢強かったよね」という言い方をするとか。それに加えて、強みを発揮した場面を認めて、感謝する気持ちを伝えます。例えば、「退屈な中、我慢強く待ってたね。我慢強かったね。先生はとても助かりました。ありがとう」と伝えるのです。

強みを伝える授業実践例

強みを見つけるための授業をするやり方もできますが、学級全体で取り組むとすると、やはり授業として時間を割くことは結構難しいと思いますので、教科の中に入れていく形だったり、普段の学級活動の中で、先生として児童・生徒の強みを見たりする方法があると思います。

例えば、国語の授業で扱う物語を活用できます。桃太郎のお話を例に挙げてみましょう。桃太郎・イヌ・サル・キジなど出てきたときに、「桃太郎の強みはなんだろう?」「イヌ・サル・キジの強みはなんだろう?」といった形で、登場人物の強みを発見していくように、国語の授業に強みについて知る機会を取り入れることもできます。

歴史の授業であれば、歴史上の偉人を取り扱って、逆境を乗り越えるときにどういう強みを使ったかを特定していくという形で授業に取り入れることができます。

図工の授業では、自分の強みをアート作品にしてみる活動を行った海外での事例があります。自分の強みを理解した後に、どんな素材を使ってもいいから自分の強みを表してみよう、という活動です。写真に撮っておいて、その作品を見るといつも自分の強みを思い出せるようにしてもいいですね。強みを振り返ることはとても大切なので、形になるものを図工やクラスで作るのも、自分の強みを認識するのに役立ちます。

また、道徳の授業とも相性がいいと思います。例えば、道徳の授業でお互いにクラスメートの強みを見つけあう活動もできるかと思います。クラス全員の強みを模造紙に書き出すと、それぞれが強みをもっていることが目に見えて分かります。多様性の理解にも役立ってくると思います。そのほか、家系図を作る際に、名前や職業ではなく、どういう強みを持っていたのかを書き出す家系図を作る活動も自分について知るよい機会になるかと思います。

4 強みをうまく使えない子に対して

強みは調節できる

何事にも良い面と悪い面がありますが、強みも同様です。ですから、強みは使い方を学ぶ必要があります。強みを使っているはずなのに上手くいかない場合は、その子どもの強みを認識して、強みの使い方について教える機会になります。その結果、その子どもは強みの上手な使い方を学ぶことができます。

例えば、リーダーシップという強みを持っている子が皆に指示をしたとき、周りの子は命令されているみたいで嫌だと感じている状況があるとします。こんなときに、仕切り屋だと言うネガティブなレッテルを貼るのではなく、この子はリーダーシップという強みを持っているけれど、それを使い過ぎてしまっていると考えます。その子の問題行動を見たときに、その子の性格的な短所が出ていると捉えるのではなく、「この子は強みを使いすぎているのではないか」という視点で見ると、強みの使い方を調節するという解決に導いていけます。今回の場合だと、「あなたの強みのリーダーシップでみんなをいつも引っ張ってくれてありがとう。あの時も助かったよ。でも、今回の状況では皆にたくさん指示をして、皆は嫌がっているみたいだけど、なんでだと思う?」と本人の気持ちを聞き出すように話します。行動は否定するのではなく、その子が思っていることを認識してあげることが大切です。また、使いすぎの概念を伝えるときは、第三者(アニメや映画など)の状況を使って話してみることもできます。

逆に強みをあまり使えないときは、使い過ぎ(オーバーユーズ)の逆で、発揮できない(アンダーユーズ)こともあります。この場合、別の強みを活用することで解決に導けることもあります。

ネガティブになりがちな子どもへのアプローチ

自分に自信を持てていない子どもに、「あなたの強みはここだよ」と伝えることは、なかなか受け入れにくいかもしれません。そのような場合は、「実はあなたがネガティブに感じているものの中にも、強みは隠れているよ」と伝えることができます。例えば、怒りっぽく、頑固な人は、裏を返せば情熱的で正義感が強いとも言えます。自信がない、無気力という人は、裏を返せば自分を見る力や内省力があるとも言えます。心配性の人は、裏を返せば慎重で気配りができて、先を見通す力があるとも言えます。自分に対してネガティブな感情を持っている子どもは、短所も見方を変えるとよい側面があることを伝えることで、受けとめやすくなるように思います。

5 『見つけてのばそう! 自分の「強み」』について

同書の特徴

その人らしさを見つけて自分を大切にすること、そして他人の持っているその人らしさを尊重することで、お互い尊重し合える社会を実現したいという思いでこの書籍を出版しました。今は発揮できていない強みも育てることができ、強みは自分が望めばいくらでも育てることができるというメッセージも伝えたいです。

少し裏話ですが、最初にこの企画があったときに、動物占いのように「~タイプ」を作るのはどうか?という提案がありました。確かに型にあてはめるのは分かりやすい一方で、24種類がブレンドされてできている強みに関してはとても難しいことなのでとても悩みました。強みにおいては、その組み合わせも程度もそれぞれに違います。また、これからの時代は、型にはめるだけではなく、型を自分で作っていく時代になってくると思います。ですから、〜タイプということよりも、自分や他者がどんな強みをどこで、どれくらい発揮しているのかを理解してもらえるような書籍を目指しました。そうすれば、将来に渡り、自分の強みが変化しても対応できるからです。

そのため、学校生活など、子どもたちが読んで共感することでヒントとなるエピソードを加えたのも特徴です。また、子どもたちに言葉だけで強みを伝えるのは難しいため、24の強みを動物に置き換えて表現するイラストにも工夫しました。

学校現場での同書の活用法

すでに学校の先生から報告を受けている例として、教室に1冊置いて好きなときに見てもらっている方や、朝の会で紹介されたという方もいます。本の最初にある自分の強みを見つけるクイズを朝の会で行ってみた方もいました。また、科目授業に取り入れてくださった先生もいらっしゃいます。

やりたいけど時間的に難しい、何から始めていいか分からない、という声もよくいただいています。新しい概念ですし、小さなことからまずは始めてみる姿勢を大切にしていただければ嬉しいです。

6 先生方にメッセージ

今回、とても伝えたかったのは、ぜひ先生が自分自身の強みを見つけて、学級運営に活用する姿を子ども達に見せてあげてほしいということです。それが一番の強みの教育になると思います。そうやって強みを使っている先生の姿を見る子どもたちは、先生の姿をロールモデルとして真似ていきます。強みを活用していただくことが、先生方が幸せに働くことにもつながっていきますので、ぜひご活用いただきたいと思います。

7 著書紹介

見つけてのばそう!自分の「強み」

監/日本ポジティブ教育協会 著/足立啓美 著/吾郷智子 漫画/あべまりな

試し読みはこちら

小学生のミカタシリーズ 特設サイト

8 プロフィール

足立啓美さん

一般社団法人日本ポジティブ教育協会代表理事。メルボルン大学大学院ポジティブ教育専門コース修了。東京サドベリースクール設立に関わりスタッフを務めるなど、国内外の教育機関で10年間の学校運営と生徒指導を経て現職。現在は、ポジティブ心理学をベースとした教育プログラム開発、小学校〜高校、適応指導教室など様々な教育現場で、レジリエンス教育の講師として活躍中。子ども達の学びを支援する大人の講座(PTA研修、教員研修、企業研修)の講師を務め、子ども達のウェルビーイングを包括的にサポート。ポジティブ心理学コーチとして個々のサポートも行っている。共著書に『子どもの「逆境に負けない心」を育てる本』(法研)『イラスト版子どものためのポジティブ心理学』(合同出版)『見つけてのばそう!自分の強み』(小学館)等がある。一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会「レジリエンス力を醸成する仕組み作りWG」委員。(2020年11月11日現在)

9 関連情報

日本ポジティブ教育協会について

強み共育コーチ養成講座

子どもたちの強みを見つけて育てられるように子どもに関わっていくスキルを強みベースで学んでいただくコースです。強みの理論背景に加えて、強みを引き出す関わり方や学級運営においてその強みをどう活かしていくのか、といったことを学びます。

先生のためのポジティブ教育講座

月に1回のZoom開催です。月に1回、ポジティブ教育に関する最新の知見を学びながら、どうやって活かせるのかを考えます。参加者は幼稚園の先生から管理職系の先生など、いろんな視点があるので面白いです。

詳しくはこちら

レジリエンストレーナー養成講座

実証ベースの逆境や困難に負けない力(レジリエンス)を育てるための指導者養成講座です。学校での実践豊富な講師が、体系化したレジリエンス教育プログラムを活用いただけるようにお伝えします。

10 編集後記

ポジティブ教育という言葉は初めて知りましたが、学力の上昇や生活態度指導などの根幹になる姿勢を身につけるうえでとても大切なことだと感じました。この記事が、子どもたちが強みを見つけるための活動のきっかけになればと思います。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 安藝航)

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