中学歴史〜第一次世界大戦とロシア革命〜(自主学習用教材「こころの窓」第56回)

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目次

1 はじめに

本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。

本記事では、第56回「第一次世界大戦とロシア革命」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら

2 「こころの窓」について

教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将がどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。

そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。

解説編

元気にしてますか。

今日のお題は「第一次世界大戦とロシア革命」です。

産業革命以後、いろいろな商品が大量生産されるようになり、売り場を求めて各国が植民地を広げていきました。そんなヨーロッパの中で、ドイツはオーストリアやイタリアと三国同盟を結んで、イギリスやフランスが植民地を大きく広げることを警戒しました。すると、イギリスもフランスとロシアと三国協商を結んで、ドイツと対立しはじめました。また、いろいろな民族が入り交じって混乱していたバルカン半島で、スラブ民族のロシアやセルビアと、ゲルマン民族のドイツやオーストリアとの対立が激しくなり、バルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と言われるようになりました。

そんななかで、オーストリアの皇太子が対立していた隣のセルビアの青年に暗殺されるという事件が起こり(サラエボ事件)、オーストリアがセルビアに攻撃をしました。すると、バルカン半島を手に入れたかったロシアが、セルビア側を応援したため、同じくバルカン半島を手に入れたかったドイツは、オーストリア側についてロシアとフランスに宣戦布告(せんせんふこく・・戦争をすることを相手に発表すること)し、第一次世界大戦が始まりました。また、三国協商を結んでいたイギリスも、フランス側についてドイツと戦いはじめたのです。

この戦争は世界中の植民地の人々までもがかり出され、はじめて世界的な規模の戦争となり、戦いは長引きました。さらに、新しく戦車や飛行機や潜水艦や毒ガスなどの新しい兵器が開発され、その被害も、たいへん大きなものとなっていったのです。

4年間も続いたこの戦争は、ドイツが戦争に関係のない中立国の船まで攻撃し始めたので、それまで戦争に関わっていなかったアメリカがドイツに宣戦し、その結果、イギリス、フランス、アメリカの連合国側が勝利しました。

また、この第一次世界大戦中の1917年にロシアでは、戦争に反対した民衆が立ち上がり、レーニンを指導者として革命が起こりました。これをロシア革命といいます。この革命でロシア帝国は倒され、ロシアはドイツとの戦争を中止しました。そして、ロシアは新しくソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)という国に生まれ変わったのです。

今日の歴史はいかがでしたか。では、復習問題へ!

復習問題

1.第一次世界大戦は、どのようにして起こったのかについてまとめてください。

産業革命以後、いろいろな商品が大量生産されるようになり、売り場を求めて各国が植民地を広げていきました。そんなヨーロッパの中で、ドイツはオーストリアやイタリアと三国同盟を結んで、イギリスやフランスが植民地を大きく広げることを警戒しました。すると、イギリスもフランスとロシアと三国協商を結んで、ドイツと対立しはじめました。

そんななかで、オーストリアの皇太子が対立していた隣のセルビアの青年に暗殺されるというサラエボ事件がおこると、すぐにオーストリアはセルビアを攻撃しました。すると、バルカン半島を手に入れたかったロシアがセルビア側を応援し、対立するドイツはオーストリア側についてロシアとフランスに宣戦布告し、第一次世界大戦が始まりました。三国協商を結んでいたイギリスもフランス側についてドイツと戦いはじめました。

2.なぜ、バルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるようになったのか。そのわけを書いてください。

もともといろいろな民族が入り交じって混乱していたバルカン半島で、このバルカン半島を手に入れたかったスラブ民族のロシアとセルビアが、ゲルマン民族のドイツとオーストリアと、バルカン半島の取り合いで対立が激しくなっていったため、いつ戦争が起こるかわからなくなり、このバルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」といわれるようになりました。

3.ロシア革命についてまとめてください。

この第一次世界大戦中の1917年にロシアでは、戦争に反対した民衆が立ち上がり、レーニンを指導者として革命が起こりました。これをロシア革命といいます。この革命でロシア帝国は倒され、ロシアは戦争をやめて、新しくソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)という国が誕生しました。

3 ダウンロードはこちらから

こころの窓 第56回「第一次世界大戦とロシア革命」

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4 おわりに

不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。

この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。

不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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