中学歴史〜高度経済成長と四大公害〜(自主学習用教材「こころの窓」第71回)

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目次

1 はじめに

本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。

本記事では、第71回「高度経済成長と四大公害」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら

2 「こころの窓」について

教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将がどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。

そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。

解説編

こんにちは。今日も一緒にがんばろう。

今日のお題は「高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)と四大公害」です。

戦争に敗れた日本の経済は、どん底(国民は、お金も仕事もない状態)でした。しかし、朝鮮戦争の時の特需(とくじゅ)などにより、戦後10年ほどで日本の経済は力を取り戻していきました。そして、1955(昭和30)年頃からはじまった日本の経済成長を高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)といいます。この高度経済成長のなかで、国民の生活はだんだんと豊かになっていったのです。

まず、生活のなかに電気製品が普及しはじめました。特に電気洗濯機と電気冷蔵庫と白黒テレビは、三種の神器(さんしゅのじんぎ)と呼ばれ、ものすごい勢いで、国民の生活のなかに広がっていきました。さらには、自家用自動車も普及していきました。戦後間もない頃に家庭用自動車(自家用車)は、ほとんどありませんでしたが、国民の生活が豊かになり、家族で旅行に行くようになったため、家庭用自動車が走るようになっていったのです。また、1964(昭和39)年に、東京オリンピックが開催されたことをきっかけに、高速道路が建設されました。名古屋と神戸間に建設されたのが名神(めいしん)高速道路です。さらに、東京から名古屋間に建設されたのが東名(とうめい)高速道路です。また、同時に新幹線も走りはじめました。一番はじめに建設されたのが、東京と大阪間を走る東海道新幹線です。一般の国民にはなかなか乗ることができなかった夢の電車でした。

このように経済成長を遂げていった日本ですが、その影で大きな問題も残していきました。それが公害問題(こうがいもんだい)です。経済の成長を最優先にしたために、工場から流れ出た汚れた排水をそのまま川や海に流し続けたために大きな問題となりました。特に戦後の四大公害は長い間、工場側と住民の間で裁判が続けられていきました。この四大公害とは、熊本県で起こった「水俣病(みなまたびょう)」と、新潟県で起こった「新潟水俣病」と、三重県の四日市で起こった「四日市ぜんそく」と、富山県で起こった「イタイイタイ病」です。この公害によって自然が破壊され、人々の健康に大きな被害が及んだのです。その後、裁判によって少しずつ解決されていきましたが、国はこのことを反省して公害対策基本法(こうがいたいさくきほんほう)という法律をつくり、同じ間違いが二度と起こらないようにしていったのです。

では、復習問題にチャレンジしてください。

復習問題

1.日本の高度経済成長について、その内容をまとめてください。

戦後の日本の経済はどん底でした。しかし、朝鮮戦争の時の特需などにより、戦後10年ほどで日本の経済は力を取り戻していきました。そして、1955(昭和30)年頃からはじまった日本の経済成長を高度経済成長といいます。この高度経済成長のなかで、国民の生活はだんだんと豊かになっていきました。

2.日本の四大公害のなかから一つを選んで、自分で調べてまとめてください。

水俣病とは、熊本県水俣市不知火海沿岸で、工場から排水されたメチル水銀化合物によって、人間の手足が不自由になったり、言語障害や神経系障害が起こった病気である。

新潟水俣病とは、新潟県阿賀野川流域で、工場から排水されたメチル水銀化合物によって、人間の手足が不自由になったり、言語障害や神経系障害が起こった病気である。

四日市ぜんそくとは、三重県四日市市の石油化学コンビナートの排ガスによって、呼吸器系疾患いわゆる症状のひどいぜんそくになってしまう病気である。

イタイイタイ病とは、富山県神通川流域で、工場から排出されたカドミウムが原因となって、骨軟化症といわれる病気で、ちょっとした動きでも骨が折れてしまうため、患者が「痛い痛い」と言ったところから、イタイイタイ病と名付けられた病気である。

3 ダウンロードはこちらから

こころの窓 第71回「高度経済成長と四大公害」

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4 おわりに

不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。

この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。

不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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