1 はじめに
本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。
本記事では、第67回「原爆投下と終戦」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら。
2 「こころの窓」について
教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将・リーダーがどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。
そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。
解説編
こんにちは。今日もがんばりましょう。
今日のお題は「原爆投下と終戦」です。
日本は、ミッドウェイ海戦で敗れて以降、負け戦を続けてきました。東南アジアや南太平洋の国々をアメリカに奪われると、1945年3月にはアメリカ軍が沖縄に上陸をはじめ、たくさんの沖縄の人々の命が奪われました。さらに、5月にドイツが降伏(こうふく・・・負けを認めること)すると、三国の代表である、アメリカのトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリンがドイツのポツダムで会談し、日本に無条件降伏をしなさいという「ポツダム宣言」を日本に発表しました。

しかし、日本はこの要求を無視したために、アメリカは8月6日に広島に世界ではじめて原子爆弾を投下しました。この爆弾で、広島の町と人々が一瞬で焼け焦げてしまい、14万人といわれる人々が亡くなりました。さらに、8月9日には同じ原子爆弾を長崎に投下し、7万人の人々が一瞬にして亡くなったのです。また、8月9日にはソ連が日ソ中立条約を破って日本に攻撃をはじめました。そして、それまで日本の領土であった南樺太と千島列島を占領されてしまったのです。

すでに戦う力が全くなくなっていた日本は、8月14日にポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏を決めました。そして、次の日の15日に天皇による玉音放送(ぎょくおんほうそう)で全国民に知らせました。
玉音放送の一部要約です。「・・・朕(ちん・・・てんのうのこと)は帝国政府をして、米英支蘇(アメリカ、イギリス、中国、ソ連)四国に対し、その共同宣言(ポツダム宣言)を受諾する旨通告せしめたり・・・」意味は、天皇である私は、四国(アメリカ、イギリス、中国、ソ連)に対し、それらによるポツダム宣言を受け入れることを決めました。ということです。
あまりにも遅すぎた決定であったと思います。もともとこの戦争は、日本の政府は何とか避けようと努力してきたにもかかわらず、わずか半年で負け戦となり、その後3年間もなぜ続けてしまったのでしょね。また、すでに戦争を続けることが不可能であった日本に、なぜ原子爆弾を落とされなくてはならなかったのでしょうね。2度と繰り返してはいけない歴史ですね。
お疲れ様。では、復習問題に進んでください。
復習問題と解答
1.半年で負け始めたこの戦争を、なぜその後3年間も続けてしまったのでしょうか。自分の考えをまとめてください。
正解はありませんので、私の一人の意見です。
戦争をはじめたのは、日本の政府であり軍部です。でも、それだけに責任があるとは思えません。戦争はダメだ、してはいけないという声をみんなが言わないといけないと思います。負けていたにもかかわらず、勝ち続けていると報道したマスメディアにも大きな責任があると思います。このようにいろんな原因が重なって、途中で戦争を止めることができなくなってしまっていたのかも知れませんね。
2.なぜ、アメリカは広島と長崎に原爆を投下したのだと思いますか。自分の考えでまとめてください。
これも正解はありませんので、私一人の意見です。
広島や長崎が狙われたのは、大きな軍事工場があったからだと言われています。しかし、昭和20年の8月といえば、日本が負けを認める直前です。すでに日本には戦争を続けていく能力はありませんでした。このことはおそらくアメリカは知っていたと思います。ほっておいても、すぐに負けるだろうと分かっている日本に、なぜ、恐ろしい犠牲者が出る原子爆弾を落としたのでしょうね。そこには、いまだにはっきりとした理由は分かりませんが、アメリカの何らかのもくろみがあったのかも知れませんね。でも、このことで、原爆の恐ろしさが世界中に知れ渡り、今では原爆をなくそうと世界がしています。歴史からしっかり学んでいかなければいけませんね。
3 ダウンロードはこちらから
歴史No.67.docx
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4 おわりに
不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。
この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。
不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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