英語からとりくむ国語との教科連携

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作成者:大山 瑞稀 (Edupedia編集部)さん

1 はじめに

2016年11月23日水曜日に霞ヶ関コモンゲートで催された「〈第9回〉文法カフェ」のお時間をいただき、文法カフェを主催する、文法授業づくりネットワークの須田淳一先生(専修大学文学部)にお話を伺いました。

須田淳一先生は、古典国文法の研究をもとに、英語などの外国語文法にアクセスしやすくなる〈学習用の新しい国文法〉の創起に取り組んでいます。

※この記事は二部構成の前半です。
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2 英文法にアクセスしやすくなる〈学習用の新しい国文法〉とは?

英文法を学習する過程で、困っている人が2通りいます。1人は生徒、もう1人は英語の先生です。
先生の英文法の話を聞いてポカンとする生徒、そのような生徒の様子を察して、もどかしく感じる先生も多いのではないでしょうか。

英文法では、主語・目的語・動詞・形容詞、過去形・進行形などを教えます。

中学で学習しても高校で再度学習しても英語の成績が振るわない生徒に対しては、
国文法(母語)というオーセンティック(※注1)なものをツールとして活用してみましょう。

(※注1)身近だからこそ確かなものと感じられること の義

〇問題は、母語への気づき

 母語をツールとして使う。そのためには母語に気づく学習が必要です。しかし母語というのはオーセンティック過ぎて、生徒自身が自らの力で気づくことは難しいものです。

しかし! 既に内在化している母語を、

(日本語で「主語」はこうだな)
  (日本語で「過去」はこういうことで、「進行形」はこういうことだな)

と理解できている生徒は、英文法の授業で、先生から「これが過去ですよ。」と言われたとき、

(こういうことだな)

と合点できるのです。

〇先生はどうすればよいのか

英文法における「形容詞」や「主語」や「進行形」等々を、母語というツールを用いてどのように教えられれば、英語を苦手とする生徒の理解を助けることができるのでしょうか。

例えば、品詞についての理解での発問の例を挙げると次のようになります。

先生:「様子を表す単語はどのようなものですか。」

生徒:「きれいな」「たのしい」「ささっと」

先生発問①:「その中で、モノ単語の前にくるようなヨウス単語は、どれか選んでいこう」

  また、「ウゴキ単語の前に来られる単語グループをつくろう」

このような先生の発問が生徒の中に活かされると、別の単語に「かかっていく」という修飾というはたらき、それらのタイプ、その軸となる品詞(形容詞・副詞)の性質が区別できるようになるでしょう。

国文法でも英文法でも、このように落とし込んでいけば、

生徒:「これは、様子を表す単語なんだ、じゃあこれはモノ単語にかかっていくはずだ。」

というような気づきが出てくるのです。発問によって考えさせる余地を与えることで、生徒は母語の性質に気づき、それをツールとして外国語の文法にもアクセスしやすくなるのです。

また、日本語を母語としている日本人の多くは、「太郎います」と「太郎います」の使い分けを正しく行うことができます。「あ、もしもし、こんにちは花子です。太郎さんいますか。」??

しかし“なぜそうなるか”にまで深く考えてみる生徒——自己に内在化した常識に、あえて向き合う姿勢を示すような生徒は少ないものです。

そこで大切なのが、先生の発問です。

生徒:「そういえば、この場合は『太郎さんいますか』って言わないな。」
  先生発問①:「それでは、『』を使うときは、どのようなときかな?」

「ぼくドラえもんだ。」「ぼくドラえもんだ。」とでは、どういう場合にどう使い分けて言っているか。では、「昔々、あるところに一人のおじいさんは?が?住んでいました。」で、なぜ「」はヘンなのか。

このような先生の発問をきっかけに、生徒は普段意識しなかった「」と「」の機能の違いに気づいていくことができます。

そして重要なことは、さらにこの気づきが、英語の表現のあり方とどう関係づけられるのか、という第二段階の気づきを与えていくという点です。

この気づきのリンクを繋げていくために、具体的なキューやヒント、ワークや討議をとおして、日本語のこういう表現は英語のこういう表現と「同じ」ことなんだ、と腑に落ちる。その過程での生徒の思考体験は、言語能力の涵養と自ら考えるという点で、とても貴重なものになっているはずです。

〇英文法と国文法、骨格は同じ?!

母語の性質に気づけば外国語文法にアクセスしやすくなる、とは言っても、

“国語のテストは常に高得点なのに、英語のテストは赤点ギリギリ”

ということもあるように、「母語」と「外国語」は、個々に独立した全く別のものだという見方も少なくないと思います。

そのように感じることは決して間違いではありません。特に個別言語(英語でも国語でも)の先生は、どうしても言語と言語のあいだの違いに着目します。文学的なことや、文化的なこと、つまり、パロール(作家ごとの表現個性)や言葉の豊かさに触れることは大切です。

しかし! 母語と外国語の共通部分(図の中心のピンク色の部分)に注目してみましょう。

これについては、建物に喩えることができます。

日本の建物でもアメリカの建物でも壁紙や照明などは違いますが、それは本当にトリビアル(※注2)なことで、やはりどの国の建物でも柱が4本あって、梁というものがあって、それが骨格になって家ができています。
母語と外国語、二つの言語の共通部分は、建物でいう柱や梁という、骨格部分における役割を担っているのです。

(※注2)ささいな の義

母語でも外国語でも、その構造の元となっている骨組みは同じで、その骨格をまず母語でつかんでおくことが、生徒にとって外国語の重要な骨格を理解するのに必要なひな型になるのです。

とは言っても、教科書を終わらせなければならない先生や、模試や入試を控えている生徒にとって母語と外国語の共通部分にフォーカスすることはリスキーであり、いささか焦りや不安が伴うかもしれません。

しかし! 英語の学習にネガティブな生徒においては、母語と外国語の共通部分である、柱と梁を理解させることがむしろ近道です。一つは、英語のしくみが分かるきっかけとなること。もう一つは、共通部分の知識を豊かにすることが、言語間の文法の差異に関する知識を豊かにすることに繋がるからです。

※後半の記事はこちらから

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3 須田先生のご紹介とお言葉

愛知大学教授を経て、2016年度より専修大学文学部日本語学科へ移籍となり、現在にいたります。(須田研究室公式サイト→クリックして検索) 

専門は、実は古典日本語の文法理論。奈良時代の「動名詞」や「分詞」などを研究してきました。ただ所属する学派が、日本の古典語をいわば「外国語」として分析する形態論学派だったことで、母国語を外国語にリンクさせることには抵抗感はありませんでした。

外国語(英文法)に橋渡しするための母語文法(国英連携文法プログラムと称しています)》の開発は、ここ数年研究テーマとして注力しています。
いわば「国語文法第二」(ラジオ体操第二ならぬ)として選んでもらえるように、生徒らに実際に使ってもらえるところまでが開発者サイドの責任だと思って、仲間( 文法授業づくりネットワーク )を募って進めています。

情操の学びと相まって、母語そのものを学ぶ教科でもある国語科は、他のあらゆる教科のセンターになり得るもの、と考えています。私たちは日本語で考え、日本語で話し合うからです。しかし、身近すぎるために最も気づきにくいものが、日本語。自分たちの言語に気づく、そのためには特別な手立てが必要です。そして、気づくことさえできれば、それが古典語や外国語を理解するための指標となってくれるのです。

プラットフォームとしての日本語”。これが新指導要領を成功させるために提案している私たちからのキーコンセプトです。

4 記事内容に関連する須田先生の主な編著書 

『日本語の文法』(共著)
※『日本語の文法』は現在、6刷版となり、現代日本語文法学の入門書のスタンダードに

『日本語形態の諸問題』(共編)(以上ひつじ書房)

『日本語文法入門 —形態論の輪郭— 』(財団法人亜細亜技術協力会)

5 関連ページ

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