被災した生徒のストレスへの対応(佐藤謙二先生)

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はじめに

本記事は、東日本大震災発生時に、岩手県内の中学校に勤務していた佐藤謙二先生により執筆されました。

(最終更新 2024年2月24日)

対応時期

平成23年5月中旬から6月上旬

対応方針

児童生徒のセルフケアの力を高めるため、岩手県教育委員会は「いわて子どものこころサポートプログラム」を打ち出した。その内容は「こころのサポート授業」「担任による個別面談」「カウンセラーによる個別面談」の3つだ。次の方針で対応した。

① 「こころのサポート授業」では本校の生徒の実態に合わせて、取り組み方を工夫する。

② 学校支援カウンセラーの活用については、担任だけでなく、生徒指導部も関わり、組織として対応する。

③ ストレスの度合いの高い生徒は、本校スクールカウンセラーや医療機関につなぐ。

対応内容

(1)「こころのサポート授業」と個別面談

県教委からの資料をもとに以下の指導案を作成し、事前に校内研究会で指導の流れとポイントを確認した。グループ活動に不慣れな生徒のことを考え、指導案に指導上の留意点を示した。また、教務主任と連携し、事前指導(校内研修会)・事後の個別面談のための時間を確保した。

(2)「こころとからだの健康観察」の活用

全校生徒を対象に「こころとからだの健康観察」の分析を行い、配慮すべき生徒を全職員で確認するとともに、被災した生徒の傾向を把握し対応に生かした。

①質問紙

  • 質問項目 不眠、怒り、覚醒、頭痛・腹痛、食欲不振の5項目
  • 評定尺度 0(ない)1(少しある)2(かなりある)3(ひじょうにある)

②スクリーニング

5項目の合計得点を「ストレス得点」として、全校生徒の得点を統計した。平均値±0.5×標準偏差を境界として、点数の高い方からH群、M群、L群と定義し、そのうちのH群をリストアップした。本校では5点以上がH群に入った。H群は学年ごとにみると、1年(16人)2年(9人)3年(16人)の41人で、そのうち13人が被災者だった。これらの生徒の名前と学級を一覧にまとめ、職員会議でケアする可能性のある生徒らであることを確認した。

このうち行動観察で「昨年できたことができなくなった」「気分が落ち込んでいる」などを判断基準にして、学校支援カウンセラーにつなぐことにした。当然本人が希望した場合もあるが、結果的にH群のうち6人が学校支援カウンセラーと面接することになった。(うち5人が被災した生徒)

③各項目間の相関

非被災生徒と被災生徒(家屋・人的)の項目間の相関を調べ、被災生徒にはどのような傾向があるか把握し対応に生かした。
次の表中の数値は相関係数である。数値の意味は、かなり高い相関(0.6~)高い相関(0.5~)相関あり(0.4~)である。

  • 被災した生徒は、不眠、覚醒、食欲不振の連鎖が非被災生徒よりも顕著だった。不眠がストレートに食欲不振に結びついて体調が心配された。そのため、被災した生徒の健康観察をより入念に行った。
  • 被災した生徒は、不機嫌怒りと覚醒、頭痛腹痛との相関が非被災生徒より高かった。保健室に頭痛や腹痛を訴えてきた被災生徒は、怒りを秘めていていることが示唆された。何かきっかけがあれば、対人トラブルになりうることを考慮し対応した。なお、被災・非被災の2群間で各項目の平均値を比較したところ、有意差は見られなかったが、不機嫌怒りだけは被災側が高く、有意な傾向を示した。被災した生徒は表面には出さないが、不機嫌怒りを内包している面があると推測された。

(3)学校支援カウンセラーとの協働

5月中旬から6週間(週2回)学校支援カウンセラーが来校しケアにあたった。受け入れ方針と内容は次の通り。

① 役割分担を明確にする

  • 副校長(統括)
  • 生徒指導主事(校内のコーディネート、生徒のメンタル面の説明等)
  • 担任(要面談生徒のリストアップ、学校支援カウンセラーとの面談)

② 協働の流れを明確にする
副校長による説明(被災状況、勤務関係)
→生徒指導主事による説明(面談の事前事後の動き)
→学校支援カウンセラーと担任との面談(面談生徒に関する状況)
→学校支援カウンセラーと生徒との面談
→学校支援カウンセラーと担任、生徒指導主事との面談

③ 関係機関との連携を図る

事後にもケア必要な生徒は、本校のスクールカウンセラー等にもつなぐ。(生徒指導主事)

④ 学校支援カウンセラーとの面談内容を記録に残す(生徒指導主事、担任)

結果としてのべ25人が面談を受けた。そのうち、数名は複数回面接を受けた。

成果

  • 本プログラムの前段階の指導として、本校スクールカウンセラーから震災によるストレスの種類、対処法について全校生徒を対象に講話を行った。(5月上旬)そのため、本プログラムへのレディネスが備わっていて、指導しやすかった。
  • 「こころとからだの健康観察」から被災した生徒のこころの状態を把握できた。特に被災した生徒に不機嫌怒りが内在化していることがわかり、不機嫌怒りのストレス対処のスキルを指導することができた。
  • 「こころのサポート」の授業では被災した生徒もストレス対処の仕方などをグループのなかで発表し、学び合うことができた。
  • 「こころのサポート」の授業では指導案があり、さらに事前研究会をもったことで指導しやすかったという教師の感想があった。
  • 心にトラウマを抱えた生徒も複数回の面接により症状が軽くなった。
  • 学校支援カウンセラーから、ケアの流れが明確であったために、非常に活動しやすかったという感想を頂いた。

課題

学校支援カウンセラーにつなぎたい生徒がいたが、抵抗感(部活時間が減る)があり断られることがあった。面接の意義の説明を十分に行うとともに、時間の確保のあり方を工夫することで、より効果的な面接にすべきだった。

事後対応

  • 中学生の多感な内面を把握するのは難しい。特に被災した生徒は複雑な面がある。

そのため被災地の中学校では、行動観察や面接だけでなく調査法の活用がより大切になる。本校では「Q−U」(図書文化)を7月に実施した。これは、生徒個人のスクールモラール、学級内における適応状態だけでなく、学級の全体像まで把握できる利点がある。

「Q−U」を分析した結果、学校生活満足群が全国比より多い学級の震災後のストレス得点の平均値は、他の学級のそれより低いことが明らかになった。つまり、ルールとふれあいのある学級集団は、ストレスを低減する効果があることが示唆された。個別対応も大切であるが、学級集団の育成からのアプローチがより重要になってくると思う。

  • 被災した生徒・ケアすべき生徒は学級のなかでどの位置にいるのか、また、支援の切り口となるスクールモラールはどうなっているのか全体で確認したい。

編集後記

多感な時期に受けたこころの傷は残り続けます。その傷を少しでも小さくすることが重要になります。心理統計に基づいた対応など、東日本大震災に限らず活用できる事例です。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 高橋遼)

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