「地理総合」に向けてー地理×開発教育(1)ー

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目次

1 はじめに

本記事は、大阪商業大学の西岡尚也さんに行ったインタビューを編集・記事化したものです。
2022年に新学習指導要領の施行により、高校地理分野の科目において「地理総合」と「地理探究」が新設されます。地理科目の必修化は40年ぶりとなり、これはいままで低迷してきた地理教育にとってとても喜ばしいことです。

しかしこの40年間、高校現場では、地理専攻の若手教員の採用が激減し、「地理は苦手で教えたくない」などという混乱が起きているのも事実です。そのような状況に対して、大阪商業大学の西岡尚也さんに開発教育の視点から見た「地理総合」について教えていただきました。

高校で地理を履修していない方にもわかりやすい内容になっております。この記事が「地理総合」を教えることになる先生方の手助けになれば幸いです。

2 社会科教育の変遷(第二次世界大戦後)

◎公民分野を重視する社会科教育

1989年までは地歴分野も公民分野も「社会科」という1つの教科として成立していました。当初は、公民分野が重視され、地歴分野は選択科目としての位置づけになりました。

◎歴史を重視する社会科教育

1989年に行われた「社会科解体」により、従来の公民分野を重視した社会科は「地歴科」と「公民科」にわかれることになりました。しかし、「世界史」のみが必修となり、依然として「地理」は選択科目としての位置づけのままでした。これにより、高校において地理が全く開講されないケースも増えました。その結果、高校生が地理を学ぶ機会が激減し、一度も地形図・地図帳や地球儀に触れる機会がなく高校を卒業するケースが一般となりました。これからもわかるように、高校地理教育は約40年間、後退の歴史を辿ることになりました。

◎バランスを重視する社会科教育

2022年から施行される新学習指導要領では、「歴史総合」「公共」「地理総合」の3つが必修科目となりました。また、「地理探究」「世界史探究」「日本史探究」「政治経済」「倫理」が選択科目となり、多くの小科目が地理歴史科・公民科に新設されることとなりました。

◎地理専門教員不足

この40年間、「地理」が選択科目であったということもあり、大学で地理を専攻して教員になる人が減少しています。そのため、現場では、地理専門の若手教員が激減しました。中学校教員のうち、地理が専門の教員は10人中1人しかいないというデータもあります。

もしも、地理を教える教員自身が「地理は面白くない」「できれば地理を教えたくない」と感じながら授業をしていると、教わる生徒も地理を面白いと思いません。そして中学校で「地理は面白くない」と思った生徒が高校生になると、地理が選択科目であることによって地理を履修しなくなります。高校で地理を履修している人が少ないため、地理専門の教員の採用も激減し、負のサイクルが生まれています。

しかし、地理を学ぶ高校生が減少したのは、決して地理教育の教科内容自体に魅力がなくなったわけではありません。むしろ、グローバル化・ボーダレス化に向かう現代社会において、地理教育は存在意義・社会に貢献できる可能性を高めて来ていると言えます。

3 学習指導要領はどのように変化したのかー「地球規模の課題」からー

この部分を読むと、地理Aに比べて地理総合の方が字数は増えたものの、基本的な内容は地理Aと地理総合では大きな違いは見られません。
「地理総合」には、「持続可能な社会づくりに必須となる地球規模の諸課題や地域諸課題を解決する力を育む科目」として大きな期待が寄せられています。もちろん、地理Aにも「持続可能な社会の実現」という文言が見られるように「地理総合」と同様な期待が寄せられていました。このように一見すると地理Aと地理総合は同じ目標のように思われます。

しかし、1つだけ地理Aにはなかった語句として「地理総合」には各地の課題を『大観し理解する』があります。これこそ「地理総合」のキーワードと言うことができます。

『大観し理解すること』

従来の地理教育では、地表平面を部分的に「地域区分」して分け、その地域について説明するという手法が一般的でした。しかし、地球的課題・地球規模の課題(例えば、地球温暖化や地球スケールの経済格差問題など)は、球体としての地球全体を全人類が共通認識・理解していなければ議論や解決策を考えることが不可能です。

地理総合で新たに加えられた『大観し理解する』という概念や視点は「地球を全体として理解する」という意味になります。そのため、この目標に沿って学習することで、「COP21地球温暖化防止会議の形骸化」などの地理教育がこれまで深入りしてこなかった政治や経済問題まで踏み込むことが可能になると考えられます。

「地理総合」への期待

地球規模の課題を理解し考察するには、従来の地理教育が目標とした「世界地図的な物事を把握する平面的な手法」だけでは不十分です。この不十分な点を補うのが「大観」の概念であると考えられます。そして、この「大観」という概念が目指す世界認識は、国境・国家を超えた「地球市民意識」の形成であると言えます。そしてこれは、「宇宙から地球を教える」という、宇宙時代の地理教育のはじまりです。

今後の地理教育に「大観」の概念が浸透することで、将来「地理総合」を通して人類の世界認識や世界観形成に大きな変化が生じるようになることを期待しています。

4 プロフィール

◎西岡尚也(にしおか なおや)

1958年、京都府生まれ。
奈良大学文学部地理学科卒業。
佛教大学院教育学研究科生涯教育専攻修士課程修了。
関西大学大学院文学研究科地理学専攻博士後期課程単位取得退学。
京都府立高校教諭、琉球大学教育学部准教授・教授を経て現在、大阪商業大学公共学部教授。
専門班は、地理教育・開発教育。
(プロフィールは、2020年5月18日時点のものです。)

<著書・文献>

・西岡尚也(1969)『開発教育のすすめー南北共生時代の国際理解教育ー』かもがわ出版

・西岡尚也(2007)『子どもたちへの開発教育ー世界のリアルをどう教えるかー』ナカニシヤ出版

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この記事の続きはこちらです。
「地理総合」に向けてー地理×開発教育ー(2)

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「地理総合」に向けてーお茶の水女子大学附属高等学校の実践ー

「地理総合」に向けてー地理教材サイトの紹介①ー

「地理総合」に向けてー地理教材サイトの紹介②ー

また、国際理解教育・開発教育に関する記事も掲載しています。

教科×ESDー実践事例・学習指導案紹介サイトー

こちらも併せてご覧ください。

6 編集後記

公民(例えば現代社会)が重視されたり、歴史が重視されたりした社会科教育の変遷の中で、2020年から施行される新学習指導要領では地理、歴史、公民の全てが大切というように認められた感じがしました。私自身も社会科教員を目指している身としてこの機会を無駄にせず、価値のある社会科教育を届けたいと思います。
(EDUPEDIA編集部 辻)

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