1 はじめに
本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。
本記事では、第59回「大正デモクラシー」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら。
2 「こころの窓」について
教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将がどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。
そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。
解説編
今日もがんばりましょう。
今日のお題は「大正デモクラシー」です。

藩閥政治という言葉を覚えていますか。一度思い出してみてくださいネ。明治の終わりに帝国議会が開設されましたが、なかなか藩閥政治が終わらなかったために、大正になって、しっかりとした政党政治を行っていこうという運動が広がっていきました。この運動を護憲運動(ごけんうんどう)といいます。この運動の中心となったのが、国民党の犬養毅(いぬかいつよし)や立憲政友会(りっけんせいゆうかい)の尾崎行雄(おざきゆきお)たちでした。この運動が高まる中で、陸軍や藩閥政治に関わる人たちから支持されていた桂太郎内閣が倒れ、新しく立憲政友会の原敬(はらたかし)が内閣を組織しました。そして、藩閥政治に振り回されない、本格的な政党内閣が誕生したのです。

その後、憲政会(けんせいかい)の加藤高明が新しい内閣を組織し、1925(大正14)年には、25歳以上の男子すべてに選挙権を与えるという普通選挙が実現しました。この実現でそれまでは5%の有権者(選挙権を持っている人のこと)だったのが、20%まで増えたのです。しかし、まだ女性には選挙権はありませんでした。女性に選挙権が与えられたのは昭和20年の太平洋戦争以後になります。それでも、この大正の時代には、平塚らいちょうらを中心に、女性差別の解消に向けた運動も始まってくるのです。

このように、大正時代になってようやく藩閥政治はなくなり、本格的な政党内閣が帝国議会を動かしていくようになったのです。この時代を大正デモクラシーといいます。
この大正時代は、幕末や明治の頃に比べると、比較的平和な時代であったといえます。しかし、普通選挙が実現した同じ年に、政府は治安維持法(ちあんいじほう)という法律を成立させました。この法律は、社会主義(しゃかいしゅぎ)を取り締まることが目的でしたが、昭和の時代に入ると、再び戦争によって植民地を広げていこうとする軍人たちが力を持ち始め、話し合いで政治を進めようとする政治家や労働運動をする人たちを取り締まる法律へと変わっていくのです。
この法律と共に、日本は再び戦争への道を歩み始めていくのです。
いかがでしたか。では、復習問題へ。
復習問題
1.なぜ、尾崎行雄や犬養毅たちは、護憲運動を進めていったのですか。この運動の目的と成果についてまとめてください。
帝国議会が開設されましたが、なかなか藩閥政治が終わらなかった。そこで、しっかりとした政党政治を行っていくために、この護憲運動が広まっていったのです。そして、陸軍や藩閥政治に関わる人たちから支持されていた桂太郎内閣が倒れ、新しく立憲政友会の原敬が内閣を組織しました。こうして、藩閥政治に振り回されない、本格的な政党内閣が誕生したのです。
2.1925年に実現した普通選挙について、その内容をまとめてください。
25歳以上の男子すべてに選挙権を与えるという普通選挙が実現しました。この実現でそれまでは5%の有権者だったのが、20%まで増えたのです。しかし、まだ女性には選挙権はありませんでした。女性に選挙権が与えられたのは昭和20年の太平洋戦争以後になります。
3.同じく1925年に制定された、治安維持法の内容についてまとめてください。
この法律は、社会主義を取り締まることが目的でしたが、昭和の時代に入ると、再び戦争によって植民地を広げていこうとする軍人たちが力を持ち始め、話し合いで政治を進めようとする政治家や労働運動をする人たちを取り締まる法律へと変わっていくのです。
3 ダウンロードはこちらから
こころの窓 第59回「大正デモクラシー」
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4 おわりに
不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。
この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。
不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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