中等教育と数学のこれから~具体的題材を通じて~(明治大学・佐藤一先生)

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目次

1 はじめに

 この記事は、2022年6月8日に行った明治大学の佐藤一先生へのインタビュー内容を記事化したものです。

 佐藤先生は、生徒が数学の授業で学んだことを用いて現実世界を見ることができるような授業づくりや教材づくりを研究しています。

 数学や科学の視点を用いて自然現象や社会現象という現実の現象を見る楽しさや、その中で主体性が育まれることについてお話を伺いました。

2 研究を始めたきっかけ

 私は、改めて思うと、数学教育は、実世界と数学の重なり合う領域にあり、数学と社会・世界をつなぐ意義をそこに見出したからです。

 実際、数学は様々な形で社会現象と関わりを持っています。数学が扱う数値は、社会や現実世界の事象と繋がることで、世界の中での「価値」と「重み」を与えられ、式や図形も明確な意味を持ちます。単なる数学の中の値やシンボルで終わらないのです。数値は、実体を持ち、大きな意味を持つものとして扱われるようになります。生徒は数学をこのように働かせることで、世界を理解し変えることができるでしょう。数学は生徒が社会の形成者になるために必要なのです。また私は、数学を学ぶことで、生徒が「善く」人間形成することを模索したいという思いもあり、(数学)教育を研究することにしました。

 もちろん、数学は数学の世界の中でも広がり深まるでしょう。それは大事な文化です。

3 佐藤一先生の考える現在の数学教育における課題

「選別」の道具になっている数学

 教育に、半世紀先を見据えていないという根本的課題があると考えます。教育は生徒の人間形成に資することが大事な役割のはずです。端的に言えば、それは半世紀を過ぎて、家庭で、社会で、実現されるでしょう。しかし現在は、教育を受けた過程がその個人のすべてを表す指標となるかのように扱われることが目立ちます。残念ながら、その指標づくりに中心的役割を果たし、入試の選抜の道具、入学してからは文理分けのフィルターに使われているのが「数学」です。

 進化の歴史を尋ねれば、数学は脳の進化の中では遅く進化した領域でなされるために、数学は個々の間に差がつきやすいという面があり、それが選別に利用しやすい理由だと考えられます。そのような数学を如何に人間形成に資するものにするかが課題です。

精選された、骨ばかりの数学

 また、一方において100%人間の頭の中で作られた数学も、ルーツは人間の体験に持っています。そのため、数学を数学の中で行うこと以外に、現実の世界の中に数学を見出すことや、数学を用いて現実の世界の問題を理解する、さらに解決することは自然なことだとと考えます。しかし、どうでしょう。教科書は、学習指導要領の改訂の度に繰り返した「精選」で、ずいぶん肉の部分を失い、骨ばかりの「数学」になりました。骨ばかりの「数学」は、生徒にとっては美味しくありません。ところが、時代の流れは統計教育に迫り、前回の学習指導要領の改訂から「データの分析」が数学Ⅰに入りました。これは生徒にとって「数学」が美味しくなる絶好の機会でした。しかし、教室では生のデータではなく入試向きの問題を扱いたがるようです。教科書の記述の変化を見ればよくわかります。残念ですね。現実世界のデータを用いた「美味しい」質のよい教材を開発していくことも課題です。

生活を話題にした学習が持つ可能性

 私は、先年全国学力・学習状況調査で毎年高い学力を示す秋田県の義務教育について、その理由を全国学力・学習調査平成30年度のアンケート結果(※1)から調べてみました。理由として浮かび上がることは、教育の背景です。背景はごくごく当たり前のことでした。「人の役にたつ人間になりたい」「困っている人を進んで助ける」等のきちんとした規範意識や、「自分にはよいところがある」「最後までやり遂げうれしかった体験」等の自己肯定・有用感と成功体験、「地域行事への参加」「ニュースを見る」等の人々との交わりや社会に対する関心等、身近な人と交わり外にも関心を抱くことや、自分の生活を自律させることという、当たり前の徳目が多くの生徒に身についていることがわかります。いわゆる非認知的能力が高い学力を生み出す背景であると分析しました。学習と生活は両輪で、両者の動きは同期します。そして生活を含む社会は留まることなく回ります。そこから出てくる事柄はいくらでも学習のテーマになり得ます。学習で生活(現実世界)を話題にすることが、世界をよくしようという意識を醸成するでしょう。

(※1)参考:国立教育政策研究所「平成30年度 全国学力・学習状況調査 調査結果資料 秋田県ー生徒(公立)【グラフ】

疑問を持つ生徒にする

 「門より入るものは家珍にあらず」というように、人は外から入ってきたものはそのままでは自分のものにできず、納得できる形に再構成しなくてはならないものです。再構成する欲求は、多くの場合「なぜだ!どうしてだ?」という問いを伴います。誰がその欲求を持っているかと言えば、人それぞれが持つ「主人公」です。生徒に確かな主体性を求めるならば、「疑問」を持たせることが肝要でしょう。

 また、日本語という主語を付けずに済む言語の下では、主体への問い詰めが甘くなりがちです。「私は本当に納得したのか」と主体に自覚させる、主体が「確かなもの」を手にする方法のひとつは、会話で必ず「わたしは」と生徒に付けさせることです。そうして「教科書の問い」が「我が問い」になれば、学習は主体的になるでしょう。

4 授業で題材にしている数理探求の具体例

アンモナイトと相似

 相似を学ぶ題材にマダガスカル産の2億年前のアンモナイト化石を教材として使っています。

 絶滅してしまったアンモナイトが生きて残した姿を「よく観察する」→「観察からの気づきを言葉や図にする」→「『気づき』を数量化する」→「仮説をたてる」→「仮説を検証する」という流れで授業を行います。例えば、アンモナイトの化石にある部屋(気房)の連なりから規則を見つけ出すのです。気房に存在する規則を持った相似性を如何に証拠立てて主張するのか、気房の連なりの描く螺旋はどのような螺旋か、どうして相似な気房を並べると螺旋になるのかなど、疑問は浮かび上がります。

 私が大学で実際に行う際は、このようにできるだけ実物を学生に持たせています。実物に触れるとアンモナイトに対するイメージの膨らみ方が全く違います。学生は、実際にノギスを使って測ります。アンモナイトの化石の断面のコピーを取り、分度器も通常よりとても大きなものを使い、線を引いて角度を測定します。この実データから解析を行います。手作業のよさは、思考の歩みと同期するところです。学生は古人がこうして規則を見つけたことを体験します。それは自然な歩みで周りの景色も眺めながらする「探究」です。

 もちろんデジタルデバイスやコンピュータソフトも活用できます。これらのよいところは取り込んだ画像ですべて計測できるところです。設定さえすれば長さや角度だけでなく面積も計測できます。手作業が徒歩だとすると、これは探究の新幹線です。ICTを活用すれば、例えば面積比と相似比の関係が読めてきます。このことを手仕事でしようとすると難しい仕事です。何を学ぼうとするかによって、歩くのか新幹線を使うのか、指導者はよく吟味することが大事です

振動数を調べて笛づくり

 まず、ある長さの笛を、工作用紙とストロー、両面テープ、粘着テープで作ります。その音のデータを採取しフリーソフトで可視化します。そして物理で習った振動数の公式を実際に適用し、開口端を補正して、それを土台に任意の音階の笛を作るという活動です。この笛は理科(物理)で習った公式さえ知っていれば、誰でも作ることが可能です。振動数の測定方法やデータの分析方法などによってレベルを調整することができます。そのため、中学生から大学生まで自らのレベルに合わせた数理探究ができます

 ここで行う、紙を切る、曲げる、そして接着させるという工作を伴う活動では、工作用紙を丸める作業ひとつにおいても、大学生の中でも、上手な学生と苦手な学生がいて、隣同士で教え合う様子が見られます。数学をする活動には、数学以外のことが大きな比重を占め、寄与していることを教えてくれます。

5 科学からのぞく諸問題

地球温暖化に隠された問題

 地球温暖化は現代における重要な課題の一つです。地球温暖化について考える際、「産業革命以来、何度上がったか」と尋ねると、多くの人は単調に上昇していると考えるかもしれません。しかし、実は国や時代によって気温の上がり方が異なります。例えば東京では、冬の1月の月平均気温が1950年ごろから急に上がっています。ではどうして1950年ごろに変化したのか調べていくと、都市化が進んだという要因が挙げられていきます。

 また、地球温暖化と言うと温暖化の進行が問題視されますが、それは平均的推移の話で、外れ値として存在する温暖でない夏、冷夏の夏は凶作を引き起こします。外れ値と言って「外して」済まされることではありません。「外れた」時こそ歴史と対照すべきです。社会的には、外れ値(際立つ冷夏)はゆっくり進む温暖化以上に農作物へ甚大な被害を及ぼし、厳しい状況を人類に与えてきました。

寒冷化とフランス革命(1789年)

 フランス革命が引き起こされた原因には、思想以外に気候変動があったと言われます。当時地球は寒冷化していて、フランスは凶作で人々が飢えていたと言われています。また、産業革命で鉄の農器具を使えたイギリスの農民と鉄の農器具を使えなかったフランスの農民では、厳しい自然状況の中、畑を耕す能力に大きな違いがあったと言われます。飢えている人間は必死にならないわけがなく、古気候や歴史の研究に細部は任すとして、飢えが革命に向かったと考えることは自然です。現在は当時よりも人口が多く、人口の都市への集中が進んでいます。突然の「外れ値」がやってきた時の影響は遙かに大きいでしょう。備えないといけません。

 温暖化の中で外れ値というデータを読むことは、数値が現実の世界で価値ある「値」となることです。

このような理解には自然科学ばかりでなく人文科学の知見も必要です。科学は数学を武器にしますが、私たちは現実に対する時、自然科学と人文科学、両方の知見を武器にしたいですね

6 主体性の芽生え

 自分でデータを採る、自分で調べる、自分でデータを用いて解析するということは非常に重要なことです。前述のように「私が疑問をもって」やるから「自分ごと」になって、アクティブなのです。自分で採ったデータは自分のもので他人のデータではありません。「私のデータ」だから「自分ごとにできて」主体的に取り組めるのです。このことは個に閉じたものではありません。主体的に取り組む体験と自分への振り返りは、実は他者への理解と敬意にも繋がります

7 プロフィール

佐藤一先生

大学院(修士)を修了後、県立高校に34年勤務。免許は数学(中学・高校)と理科(高校)。

現在、明治大学総合数理学部特任准教授。

8 編集後記

 今回の取材を通して、学ぶことの意味を考えさせられました。私も今の教育は受験や成績という指標にとらわれすぎていると思っていたため、先生の考える数学教育のあり方にとても共感できました。また、実際に先生の大学での授業を見学させていただいた際も学生の皆さんが主体的に活動していたことがとても印象に残っています。

 数学が常に様々な場面で活用されていることや主体性の身につけ方など、今回の取材を通して、先生がその道を究めてこられたからこその見方を知ることができました。

 この記事が新たな授業づくりの一助となることを願っています。


(取材・編集・文責:EDUPEDIA編集部 崇田・吉田・川村)

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