GIGAスクール構想の実情 ~阻害要因と促進要因

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 25年以上続いた、学校パソコンの「たられば」

パーソナルコンピューターが教育現場(小学校)に導入され始めたのが、1990年代の前半ぐらいからだったでしょうか。自治体間の差はかなりあると思います。高価であることや操作が難しかったこと、操作ができる教員が希少であったこと等の阻害要因が多すぎて、導入した先進校でさえ用途がわからずに持て余すことが多かったように記憶しています。その後、Windows95の出現とインターネットの一般化によって徐々にパソコンが身近で安価な存在になってゆきます。各校に数台の状況から始まり、1人1台を謳って「学校に40台」のパソコンが整備され始めます。とは言うものの、「学校に40台あれば1人1台である」(1クラスのマックス人数が40人であったため)というのは、摩訶不思議な論理です。
令和2年度末にGIGAスクール構想によって全児童に1台のパソコンが供給されるようになるまで「学校に40台(以下)」の状況は約四半世紀続きます。この間、多くのICT化推進派の教員が思い描いていたのは、「学校に40台ではなく、全児童に1台のPCが供給されればなあ・・・」でした。GIGAスクールが導入されるまでの25年は、まさに学校のICT化の暗黒時代でした。
「学校に40台」のパソコンで何か冴えた教育実践をせよと言われても、厳しいものがありました。たまに行くPC室でできることは限られ、どうしてもイベント的な活動にならざるを得ませんでした。わざわざPC室に移動して、「調べ学習」と称して、だらだらインターネットを触らせるのがよく見られる光景でした。ネットで検索したデジタルテキスト・デジタル画像をわざわざノートやワークシートにアナログで書き写させるという

 GIGAスクール導入後も続く「たられば」

それが、GIGAスクールという願ってもないチャンスを得て、「全児童に1台のPCが供給」されることになったのです。ICT化推進派教員にとっては願ってもない環境が整備されました。
これだけ十分な台数が導入された上に、ネットワーク環境も大きく改善されたのだから、きっとICT活用は大幅に推進されているのだろうと一般的には考えられると思いますが、そうでもないのが現状です。現場でICT研修をした際、チャットで「ICT化に望む『たられば』を挙げてみてください」と、自由に記述してもらったところ、以下のような意見がでました。

●端末がもっと丈夫だったらいいのにな。●すぐに起動し、不具合が少なければ。●立ち上げの時間をTVなみに。●端末が軽量だったら。●屋外でも明るく、使いやすいカメラならいいのにな。●立ち上げが簡単だったらいいのにな。●体育など運動場でもっと活用していいのであれば。●もっとバッテリー容量が大きかったらいいのにな。●iPadであれば。なかよしの子どもも感覚的に操作できるので。●アプリもいろいろ入れられたら。●防水だったら。●持ち運びが簡単だったらいいのにな。●全員が一斉に使おうとするとフリーズします。もっとサクサク動いてくれたら。●人的支援があったら。●ローマ字入力できなくても、使えられたら。●充電が長く持ったら。●カメラがもっと高性能だったら。(ピントを合わせるのに時間がかかる)●充電庫からの出し入れで、混雑しなければ。●置くだけで充電・保管できるスタンドがあったら。

私も同感の意見が多いです。でも、「給料を増やしてくれたら(もっと頑張れる)」という意見はありませんでした(笑)。教師って真面目だなと思います。

さらに、授業あるあるです。

●さあ、授業で使ってみようと立ち上げたとたんに「ログインできない」「充電切れてる」「TEAMSに入れない」等々で子供たちがガヤガヤすると何も授業をしないうちから心が折れてしまいます。
●落とす、叩くなど、乱暴にPCを扱う児童が少なくないのも辛いです。
●端末を家に持って帰らせると、次の日に忘れてくる子供がいて授業を進めづらい場合もあります。
●「CapsLockのon」で大文字になってしまいログインできないことすら、低学年ではなかなか解消されません。
●いったい何をどうしたらこれほどまでにおかしな状態になるのかという無茶な操作で復元不可能にしてしまうケースも多々あります。
●クラスに予備の端末が3台ほどあったらなあと思ってしまいます。

思うように授業を運べず、GIGA端末を使う際には何らかの負担感や不全感を抱えてしまいます。こうしたトラブルには、学校全体で初期指導をしっかりすることが大事です。トラブルシューティング集を作っておくのもよいかもしれません。

 普段使いに活かす

とは言うものの、1人1台という数年前に比べると格段に贅沢な状況が生まれているわけです。多大な公費を投入し、GIGAスクールの成否は保護者をはじめとする世間から、注目されています。教師がそれを負担であると考えてしまうのか、チャンスを生かそうと考えるのかによって、今後の授業の情報化の未来は大きく変わってくるでしょう。
そのためにはICTに長けている教員による先進的・イベント的な授業実践に偏ることなく、普通の教員が日々の授業で使いこなすことができるように、発想を転換してゆく必要があります。このことについては、下記のリンクで詳しい記事が見られます。

【ICT文具論①】学校へのICT導入の障壁とは(豊福晋平氏インタビュー)

【ICT文具論②】ICTを先生の教具から子どもの文具に(豊福晋平氏インタビュー)

【ICT文具論③】学習者中心の教育とデジタルシティズンシップ(豊福晋平氏インタビュー)

 進む世代交代

団塊の世代の教員はICTの推進に見向きもしなかったですし、2000年以前に採用された世代(2022年現在で40台後半以降の世代)には「自分は使わない、使えない」と開き直る教員も多かったです。ICTを活用する教員に「あいつは教員の魂がない」「はみ出し者」といった陰口が囁かれる時代は長く続きました。
しかし、ICT化を頭ごなしに否定する管理職、ベテランは減ってきています。2000年以降に採用された教員は子供の頃に親がパソコンを所有していた世代(Windowsネイティブ)ですし、携帯~スマホを若いころから使っていたのでその便利さを実感してきています。「GIGAスクールまでの25年」で、教員の世代交代は徐々に進んでおり、人材的にも追い風が吹いています。

 追い風を活かす

 ① 絶えざる改善

物的条件や人的条件はGIGAスクール以前に比べれば飛躍的に整っています。だからこそ、阻害要因を丁寧にクリアしてゆく「絶えざる改善」が必要です。
「デメリット:役に立たない&負担が大きい」<<「メリット:子供が成長&業務が改善」
という状況を作り出さなければなりません。
幸いなことに、GIGAスクールは「初期投資で終わり」という従来の日本型あるある行政手法ではなく、(予算が続けば)改善ができる形になっています。クラウドから提供されているアプリ・システムはインストールの手間を省き、進化・改善することが可能になりました。

たとえば私の自治体では、TEAMSやSkymenuが導入されています。導入当初(令和2年度末)には「これは使えないわ」と思っていた両システムも、現在(令和4年度中盤)は「使ってみようかな」と思える仕様に代わってきています。
例えば、Skymenuはせっかく作った教材を教員間で共有することができず、全く使う気になりませんでした。また、あまりにWindowsの操作とかけ離れていて使いづらいからです。せめて教員側だけでも右クリックやSkymenu提供のフォルダ以外へのアクセス等ができるようにしてほしいです。しかし、教材の共有が1か月ほど前に可能になりました。また、手書き入力も可能になりました。これだけでも、「まあ、やってみようかな」と思わされます。

② 「共有する」という意識改革

私は特に教材の共有が大事だと思っています。特に小学校の担任は5つ以上の教科を受け持つ上に、「作った教材は1時間使っておしまい、次にその教材を使うのは平均で6年後」という恐ろしく非効率的な業務をこなしています(教科担任制の推進を!)。たった1時間のために教材を作ったり、児童端末の利用機会を考えたりするのは、なかなかモチベーションが上がりません。だから、「これを使えばけっこう上手くいく」という教材がすぐに手に入る状況が必要です。校内で誰かがリードして、各学年・各教科・各単元のフォルダを作って整理するなどして、共有がしやすい形を作って、「共有する意識」を育ててゆきましょう。
ややもすればイベント的・先進的過ぎて真似のしようがないような実践にスポットが当たりがちですが、普段の授業に使える「美味しい実践」をきちんと取り入れられるようになるといいですね。理想に走り過ぎず、地に足のついた実践が必要です。

③ 人材の育成

ここまで「人材が揃ってきた」かのように書きましたが、揃っているわけではありません。増えてきているだけで、数・量(質)ともに足りていません。残念ながら、高等教育において、若い教員世代が十分に鍛えられてきていないことが阻害要因になっています。エクセルの数式でたし算ができること(=A1+B1)も理解できていない教員が少なくありません。この辺りは教員養成カリキュラムをしっかりと考え直してほしいです。
GIGAスクールの導入に伴う業務(ユーザー管理・危機管理等々)でICTに長けている教員が消耗してしまい、創造的にICTを活用する方向に力を出せていません。得意な教員がICT関連業務を担う方が、短期的には仕事が速く進むように思えます。できればなるべく分担をして一般の教員のスキルアップを図る方が底上げにつながると思います。「児童端末管理係」「児童ID管理係」「デジタルドリル係」「TEAMS係」「校務支援システム係」「Skymenu係」「学校サイト係」等と、担当個所を分けて、たくさんの教員がそれぞれのシステムを理解し、力をつけてゆくことが大切です。
教育委員会や推進校に、しっかりとした戦略を描くことができる外部人材を投入する必要もあるでしょう。

④ 自治体ぐるみの共有

共有は学校単位に留まっていてはいけません。自治体レベルで役に立つ情報を共有することが大事です。全市的な規模で情報交換ツール(Microsoft365やG Suite for Education)を上手に使いこなしてゆく戦略を立てるべきです。それを実現してゆくためには教育委員会の組織改革も必要です。

⑤ 改善を要求をヒアリングする仕組み

前述したように、ICT推進に「たられば」はつきものです。それらの中には、無理な要望も、是非実現すべき要望もあります。国や各自治体委員会に現場の声が届くような仕組みが必要でしょう。実現すべき要望に優先順位をつけ、予算が必要な案件には予算要求をしなければなりません。こうした仕組みを持つことができるかどうかも、今後のICT化推進の成否を分けることになると思います。

 GIGAスクール構想の現状

現時点(2022/9/24)でGIGAスクール構想が成功しているか失敗しているかと問われると、私の周りに限った状況で「成功:失敗=7:3」ぐらいではないでしょうか。あくまで、体感です。ネットで「GIGAスクール 現状」「GIGAスクール 失敗」などで調べてみてください。色々と書かれていますが、たぶん、本当のところはあまり誰にもわかっていないと思います。GIGAスクールに限らず、教育という営みはブラックボックスになりがちです。表に出てくる「目立った情報」と現場の実情にはかなり開きがあります。
クラウドにつながっているのだから、自治体単位でならそこそこの稼働率は分かるかと思いますが、それがどのような影響を子供たちに及ぼしているか、実情は分かりにくいでしょう。教育の効果測定はとても難しいのです。現場にいる教員から見ても、外から見ても、実際のところどうなのかはよく分からないと思います。
今年度のはじめに児童用デジタル教科書が一部導入され、その際、学校から某教科書会社(供給元)に送る「デジタル教科書受領確認書」がなんと「ファックスで送信」と指定されていたことに驚愕しました。すでに職場にはミレニアム生まれ教員が登場しているのですが、若い層がスマホ操作にのみ優れている傾向が強いことにも危機感があります。その他、頭がクラクラしてくるような現実は確かにあります。
この現実を少しずつ変えていくためにも、阻害要因を見極めて改善してゆくことと、促進要因を拾って共有していくことが大切です。巨費を投じたこのプロジェクトが、成功することを祈るばかりです。

成功が認められれば「GIGAスクール構想2(予算)」の呼び水になるでしょう。逆に失敗の烙印が押されてしまえば・・・その後の維持費はどうなるのでしょう??
ICT化を推進してゆくためには、2025年辺りまでに「教師にとっても子供にとっても、GIGAスクール構想は着実な成果をもたらした」という事実と実感が得られるようにしなければならないと思います。

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