はじめに
この記事は、2023年2月25日にNPO法人ROJE EDUCAREERが主催した【第14回EDUCAREERイベント】「教育×地域×コーディネーター〜社会教育士って何してる?〜」の内容を編集したものです。
本イベントでは、2名の方に登壇していただきました。この記事では、社会教育士として、「地域の課題を学びに変える」をミッションに、中高生の探究的な学びを支援する仕組みづくりを行っている加藤拓馬さんのお話の内容を記載しています。
もう1人の登壇者であり、隠岐島前教育魅力化コーディネーターを務めている宮野準也さんのお話の内容についての記事は、近日公開予定です。
「学びを仕掛ける」社会教育士
「社会教育士が何をしているか」というのは非常に難しい問いです。「社会教育士」という職業があるわけではなく、厳密に言うと資格でもありません。「社会教育士」は称号なのです。
私は、社会教育士は「学びを仕掛ける人」であると思っています。さらに言葉を足すと、「対象者の学びを目的に何かを仕掛ける人」と言えます。この「対象者」は、中高生に限らず、お年寄りや未就学児である場合もあるかもしれません。
「仕掛ける」というのは「利害関係者が協働するようにする」ということであると思っています。利害関係者の協働を仕掛けて、対象者の学びに貢献することをしているのです。
持続可能な地域づくりと中高生の学び
さまざまなリソースが急減する社会で「持続可能な地域づくり」が求められていますが、それを実現させることはとても難しいです。
そのなかで、「考えるべきは中高生の学びではなく地域の持続可能性でしょう」という声もきこえてきます。子どもたちの未来が輝かしいものであることは間違いないけれど、大学卒業後はその地域に帰ってきてもらいたいのです。地域で育てた子どもが東京で医者になったら、「いったいうちの地域に何が残るのだ」と言う大人が出てくることがあります。本来、「中高生の学び」と「地域の持続可能性」は対立するものではありませんが、このようにそれが対立しているように見えてきてしまうこともあるのです。このようなジレンマを抱えながら、私たち社会教育士は挑戦を続けています。
東日本大震災をきっかけに東北へ
大学進学とともに上京し、都内のベンチャー企業に内定をいただきました。しかし、2011年の3月、ちょうど大学を卒業するタイミングで東日本大震災が起きました。学生時代、ワークキャンプで中国に行ったことが原体験としてあった私は「こうしちゃいられん」と思い、内定をいただいていた会社に「ちょっと東北に行ってきます」と言って、入社せず東北に行きました。
そして、仲がよかった団体の紹介で行ったのが、気仙沼でした。そこから12年間ずっと、気仙沼に住んでいます。さらに、社会教育士になったことで、2022年度からは県の社会教育委員をやっています。
今の仕事の原点は「何でも屋さん」
私は、はじめから教育に興味があったわけではなく、元は復興のための「何でも屋さん」でした。「何でもお困りごとやりまっせ」というところから始まったのです。そのなかで、「この町の未来のために何ができるだろう」と考え、いろいろなことをやりながら今の教育の事業にたどり着きました。
一貫してすごく大切にしているのは「今、私はいったい誰を笑顔にしたいのだろう」と問い続けることです。今、私が笑顔にしたいのは気仙沼の中高生ですので、「教育×まちづくり」をテーマに活動しています。
「探究的な学び」に必要な2つのもの
日本は社会参画意識が低く、地域格差も大きいと言われています。そのなかで、私は「探究的な学び」に可能性を感じています。「探究的な学び」とは、生徒一人ひとりが自分の問いやテーマを立て、大学のゼミのように自分のテーマについて探究していくことです。これは基本的に「個別最適な学び」です。やりたいことはそれぞれ違うので、一人ひとりの相談を受けながら探究を進めていくことが多いです。
「探究的な学び」に特に必要なのは「本気の大人」と「リアルな課題」です。当事者意識をもてるような課題があるかどうか、そして面白い大人、本気の大人、協力的な大人が身近にいるかが大事なのです。このような人は都市部に多く、リアルな課題は田舎に多いというイメージもあるかもしれませんが、実は両方ある町がありました。それが、気仙沼です。
チャレンジできる環境が気仙沼にはある
私が東北に行ったときは、東日本大震災からの復興というリアルな課題がありました。そのプロセスはまさに大人の探究の連続でした。防潮堤の高さに正解はありませんし、高台移転が正解かどうかは誰にもわかりません。
そして、「本気の大人」が、この町にとって、この町に住む人間にとって、何が豊かなのかを、時に本気で言い合いながらも協力して復興を進めてきました。中高生が「こういうことやりたい」と言ったら、大人が「よし、わかった。応援するぞ」と言い、実際にチャレンジできる環境がここにはあります。
気仙沼を循環する町に
復興のプロセスもあり、気仙沼は外から人が入ってくることが多い町となりました。今後もいろいろな支援者が入ってきて出て行ってを繰り返し、循環する町になるとよいと思っています。そのために、気仙沼は学びがある町であるということを発信し続けています。外からの視点により、地域の課題や地域のキーマンが可視化されるため、そこに中高生をマッチングできるのです。
大きな夢をもって外に羽ばたいていく子どもを地域で育てますが、その子どもは将来地元に帰ってきてもよいし、帰ってこなくてもよいのです。だからこそ、人が循環し続ける地域になると私は考えています。これは、矛盾しているようで矛盾してないと思います。「将来は気仙沼に帰ってきてね」と言わない社会教育士を目指したいと思い、今はそれを実践しています。
「探究的な学び」の伴走支援
高校生に対しては、寄付や地元企業の協賛を集めて、ボランタリーな形で「探究的な学び」の伴走支援を行っています。中学生に対しては、2020年度から教育委員会から仕事をいただき、今は教員免許を持ってないのにもかかわらず年間200回ほど中学校に行き、中学生の「探究的な学び」の伴走をしています。私自身も、子どもたちがつくった十人十色のテーマを楽しみながら伴走をしています。
この「探究的な学び」については、地域の人から「結局、何をやってるの?よくわからない」と言われることが多いです。そのため、「探究的な学び」について知ってもらおうと、『中高生の問いストーリー』という漫画を作成し、インターネット上で公開しています。気仙沼の中高生の実例を漫画にしてあるので、楽しく見られると思います。
「気仙沼学びの産官学コンソーシアム」
2022年度には、気仙沼市と一緒に「気仙沼学びの産官学コンソーシアム」を立ち上げました。これは、「気仙沼市という地域ぐるみで高校生の学びを支えていこう」という取り組みです。
たとえば、町に高校が1つしかない場合、その高校の閉校がその町の存続に直結する問題になるため、町の予算を割いてでも、高校の魅力化に投資しようという動きがでます。それが、今、全国で起きている高校魅力化の流れです。
気仙沼市には、高校が4校あるため、市として高校生の学びに投資しなければならないということはありません。とはいえ、高校生の数が激減していくことを踏まえると、市としても高校生の学びは支えていく必要があるということで、さまざまなことを考えた結果、このコンソーシアムが立ち上がりました。私たちはそこのコンソーシアムのコーディネーターとして高校生の学びを支えています。
他にも、池上彰さんに講演をしていただいたり、高校生が企業のインターンシップに参加し、その企業の魅力を発信するCMを作る授業を行ったり、「探究学習塾」という公営塾を立ち上げたりしています。
政策起業家として
このようなことをしていると「政策起業家だ」と言われることがあります。政策起業家は、公共施策を提案すること・実現することによって社会課題を解決する人です。
私は今、寄附や協賛金をいただきながら、収益性はないものの先駆性のある挑戦的な事業を作っています。それを公共施策としてちゃんと行政に提案していくことで、協賛が委託に変わるのです。このようなことの積み重ねで、コーディネーターという仕事がより持続可能になり、社会教育士が活躍できる場が増えていくと考えています。
メッセージ
私は、「社会教育士が何をしているか」にこだわる必要はないと思っています。どこで何をやっていようが社会教育士の仕事になり得ると思っています。「私はいったい誰の何に貢献したいのだろう」という問いが大事だと思うので、ぜひそれを自分に問いかけてみてください。
仕事をすることは、「この人が笑ってくれていると、私は幸せだな」という人に出会うための長い旅であると思います。そのなかで、私たちの活動に興味が湧いたり、東北で何かやりたいと思ったりしたときはぜひお声がけください。気仙沼に来て一緒に活動しましょう。
登壇者プロフィール
加藤拓馬さん
1989年兵庫県生まれ。2011年、東日本大震災を機に宮城県気仙沼市へ新卒無職移住、復興支援に従事。2015年、一般社団法人まるオフィスを設立、街づくりの人材育成、移住支援、教育事業を起業。現在は「地域の課題を学びに変える」をミッションに、中高生の探究的な学びを支援する仕組みづくりに挑戦中。
主催団体
NPO法人ROJE EDUCAREERプロジェクト(旧:教育と仕事フェスプロジェクト)
「一人一人が納得して自身のキャリアを決められる」ことを目標に、大学生向けイベントの企画・運営を行っている、大学生によるプロジェクトです。
私たちは教育業界のキャリアの面白さを広く発信し、多様な教育キャリアと出会う機会を創出することで、教育業界でのキャリアを歩みたいと思う学生を増やし、納得のいくファーストキャリアを選択してもらうことを理念に掲げています。詳細はこちら▷https://kyouikusaikou.jp/eduwork/
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編集後記
社会教育士としてできることは非常に幅広いことがよくわかりました。「今、私はいったい誰を笑顔にしたいのだろう」ということを自分に問い続けながら教育との関わり方を模索していきたいです。(編集・文責:EDUPEDIA編集部 並木未菜)
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