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学級担任
給食指導のポイント【低学年は視覚的に指導する】
子どもたちの成長においても、学級経営の面においても給食指導は重要です。給食指導が的確にできる先生の学級は、安定しており、安心感があります。 低学年の給食指導は、中学年・高学年の給食指導にも関わってきます。しかし、「1年生の担任になったら、... -
情報
卒業文集等をパソコンで作成する ~ICT利用
1 手間がかかる文集作成 小学校では卒業文集・学年での文集・キャンプ等の行事での文集を発行していると思います(どのくらいの量・頻度で文集を発行するかは学校によると思います)。働き方改革に伴って卒業文集をはじめとする文集を廃止する動きもある... -
家庭との連携
小学校通知表の所見欄【子ども一人ひとりの個性を大切にした書き方を】
通知表は教育活動での子どもたちの様子を保護者に届けるものです。その中でも通知表の所見欄は特に子どもたちの様子や成長を具体的に伝えられる部分です。 筆者自身が教員の時、保護者から言われてうれしかった言葉の一つに、「子どものことをよく見て、先... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅷ ~ 犬が・・・犬が・・・
最後はとても個人的な話です。30年間、だれにも話していません。 犬をもらいに 学生時代、一時期、大学の近くに一人で住んでいたことがありました。勉強の方がひと段落着いて、実家に戻ることになりました。でも今さら大人ばかりの実家に戻るのは面倒でも... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅶ ~猛火に包まれて
水木のおじさん 父の仕事仲間に、私が「水木のおじさん」とよんでいた方がいて、多分、水木のおじさんは兵庫区の水木通という辺りで工場をいとなんでおられたのだと思います。神戸市の中でも長田区・兵庫区は工業がさかんな街で、同業者が連携して助け合... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅵ ~子供たち
「がんばって!」は、違うな・・・ 震災当日、当時住んでいた大阪からバイクで大渋滞を抜けて何とか勤め先である本山南小学校に到着しました。東灘区の激震地です。校内を探し回っても、所せましと被災者が座り込んでいる状態で、自分の担任した子供たちが... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅴ ~震災と学校
ジュースを、どうする? 震災2日目の朝方に、私は教頭と校長室で顔を見合わせて絶句していました。 校長室の隅には、ケースに入ったジュースが置かれていました。多分、行政からの支援物資だったと思います。「教職員が配ってね」という事でしょう。... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅳ ~ボランティアが来てくれた
ボランティアチーム 混乱が続く震災直後の学校。本山南小学校では早い時期から何人かの避難者の方々が自分から名乗り出て、避難所の運営に力をつくしてくれていました。今では共助と呼ばれます。自分も大きな被害にあいながら、みんなのために働くなど、... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅲ ~救援物資・寄付
2日目のおにぎり 震災2日目はまだ余震も続いていて何とも言えない不気味な雰囲気が漂っていました。家が全壊していた人たちはおなかもすいていたと思います。2000人近くの被災者を抱えて教員もぼうぜんとしていました。何から手をつければいいのか、何が... -
保護者・地域連携
阪神淡路大震災と「ありがとう」Ⅱ ~トイレが、、、
大混乱 震災直後はもちろん、その後の2週間ぐらいまで、当時私が勤めていた本山南小学校には避難されてきた方々があふれかえり、大混乱が続いていました。1日目に避難してきた被災者が何人いたのかは不明なのですが(誰も数える人などいない)、2000人近く...
