2日目のおにぎり
震災2日目はまだ余震も続いていて何とも言えない不気味な雰囲気が漂っていました。家が全壊していた人たちはおなかもすいていたと思います。2000人近くの被災者を抱えて教員もぼうぜんとしていました。何から手をつければいいのか、何ができるのか。職員室には無力感が漂っていました。避難してこられた方々もそれほど学校には何も言ってこられず、2日目の職員室は妙に静まり返っていました。
そんな中、1人の若いお兄さんが職員室に入ってこられました。胸と背中に大きなリュックをぶら下げています。中には大量のおにぎりが入っていました。
「これ・・・おにぎりを握ってきました・・・
とてもおとなしい方で、口数も少なく「尼崎から来ました」と話すだけで、名前も名乗らずにすぐに立ち去ってしまいました。口数は少ないですが、ちゃんと頭を下げて、職員室を出て行かれました。心強いはげましをいただいたような気がしました。バイクで来てくださったそうです。道路のいたるところで行き止まりができて、穴が開いていたり段
多分それが最初に届いた行政以外からの救援物資だったのではないかと思います。2日目なんてまだ怖くて怖くて、
次々に送られてくる救援物資・寄付
その後、日がたつにつれて、どんどんと救援物資が届きました。励ましのお手紙も読み切れないほどいただきました。大きな会社や団体から届く物もあれば、個人からの寄付もあります。
ある日には使いさしの筆箱が数十個、段ボールにつめられて送られてきたこともあります。多分、クラスで「神戸の子供に何か届けてあげたい。」「すぐにできることは何だろう?」「そうだ、筆箱を送ろう!」ということになって寄付をしてくれたのだと思います。生々しい使いさしの筆箱には、生々しい使いさしの鉛筆や消しゴムが入っています。さすがにこれは・・・と、ちょっと苦笑いをしてしまいました。数百人いる子供たちにこの数十個の使いさしの筆箱をどうやって分ければいいのかなあ。本当は新品がいいし、誤解を恐れずに言うと本当はお金の方が・・
それでも、やっぱり同い年ぐらいの小学生の子供たちが「筆箱を送ろうと思い立った気持ち」は、心にしみるものがありました。鉛筆一本でも10円でも、寄付をして下さった方々の温かい気持ちには感謝です。
募金、寄付をしてくださった日本中の方々、外国の方々、ありがとうございました。
名前も言わずにおにぎりを置いて立ち去って行ったお兄さん、ありがとうございました。
どこかの小学校のどこかのクラスの人たち、ありがとうございました。
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