この記事は、2015年8月8日に行われた「漆間先生、河原先生から学ぶ社会科授業づくりの極意セミナー」をもとに作成しました。
1 はじめに
このページでは主に、アクティブ・ラーニングを実践するうえでの具体的な手法を、主に「授業のネタ」の観点から紹介します。
・より理論的にアクティブ・ラーニングを知りたい方は
関連記事:社会科でアクティブ・ラーニング<理論編>
・実践法についてさらに知りたい方は
関連記事:社会科でアクティブ・ラーニング<実践編①>~社会科授業づくり~
をご覧ください。
2 「ネタ」からみたアクティブ・ラーニング
アクティブ・ラーニングの授業の際は、授業で使う「ネタ」を3種類にわけて効果的に用いるとよいでしょう。
① 導入
…おもしろく、生徒の関心を掴むもの(知的興奮がないものでも良い)
② 背景・文脈
…取り上げる内容の背景・文脈を示すもの
③ 転移
…生徒の興味を関連する他の内容にも向けさせるさせるもの
中学校は入試があるため、
- 教科書に書いてある知識
- 子どもが知りたいこと
- 教師がアクティブ・ラーニングで用いたい内容
これら3つをバランスよく扱う必要があります。
また、生徒と教師のやり取りの中で何か真理を導き出し、なおかつ知的興奮を味わえる授業が、目指すべき授業といえます。その中で、多面的多角的な視点を生徒にも持ってもらえるように工夫しましょう。
それでは、次の章から具体例を見ていきましょう。
3 アクティブ・ラーニングで用いるネタ
この章では、アクティブ・ラーニングで使える具体的な「ネタ」を紹介します。
①参勤交代
導入
Q.大名が用を足す際は、どうしていたのだろう?
A.トイレ用のかごがあるので、そこで済ませた。
Q.大名行列ではどの大名も「下に下に」と言っていたのだろうか?
A.「下に下に」言うのは親藩と将軍だけだった。(外様は「片寄れ片寄れ」)
(これらのネタはおもしろいですが、江戸幕府の仕組み等に結びついてこないうえ、知的興奮があるとは言えません。しかし、生徒を引き付けるには有効で、導入としては最適でしょう。)
背景・文脈
Q.大名は宿代を支払っただろうか。
A.支払った。参勤交代は、お金を使わせて大名の力を弱めるためのものだった。
Q.大名行列では常にきちんと並んで歩いていたのだろうか?
A.宿に入る時や、江戸に入る時など、きちんと並んでいたのは一部場面だけだった。
それ以外の場面では、一泊分だけでもコストを削減するためにかなりのスピードで走ったという。
←幕府の政策に対する、各藩の工夫というのが見て取ることができる。
Q.参勤交代の意義はなんだろう?
A.参勤交代によって、様々な文化や物資が江戸に集まり、豊かな文化が形成された。
標準語も形成された。港や街道などの交通網も整備された。
このように、参勤交代という一つの事象を多面的多角的に見て、時代の背景・文脈にまで言及することで、知的興奮を味わえる授業になるのではないでしょうか。
②太平洋岸気候
導入
ホテルマウント富士という山中湖にあるホテルの企画を紹介する。
このホテルには無料宿泊券をプレゼントする企画がある。
→どういう時にプレゼントされるのか、授業で子どもたちがホテルに電話で尋ねる。
→チェックインからチェックアウトまでの間に富士山山頂が1分以上見えなかった場合、プレゼントされる。
背景・文脈
発問:この企画は何月にやっているでしょうか?
3択クイズ
①1月
②4月
③8月
こたえは①
もし8月にこの企画をすると、太平洋岸気候の場合夏に雨が多く、山頂が見えない日も多いためにホテルがとても損をする。
太平洋岸気候では冬場は晴れることが多く、山頂がよく見える。だからこの企画が成り立つ。
→太平洋岸気候は、夏場に雨の日が多くて冬場に晴れの日が多いということが印象づく。
③特産品
導入
・昔の東海道本線の車両の色を見てみよう。
→オレンジと緑
Q.これは静岡県の特産品に関わっていると考えられますが、それはなんでしょう?
A.ミカンとお茶
背景・文脈
Q.静岡ではどうしてお茶栽培が盛んなのでしょう?
・地理的背景に目を向ける
Q.お茶の栽培限界はどうなっているでしょう
A.お茶はN22.5°~N13°の温暖な地域で栽培されます。
Q.静岡はどうして温暖なのでしょう?
A.暖流が流れている。斜面になっていて太陽がよく当たる。
Q.温暖な地域はほかにもあるのに、どうして静岡で特に盛んなのか?
・歴史的背景に目を向ける
Q.江戸第15将軍は大政奉還で殺されたのでしょうか?
A.殺されていない。静岡に幽閉されていた。
Q.将軍の護衛は何人ついていたでしょう?
A.300人がついて行った。
→普段300人には仕事がない。
→彼らの失業対策として、以前から栽培されていたお茶を大々的に栽培するようになった。
Q.ほかにも失業対策が必要な人達がいた。誰でしょう。
A.大井川で渡しをしていた人。明治維新で橋が架かって職を失った。
→彼らの失業対策も必要。
このように、地理的背景だけにとどまらず、歴史的背景にも目を向けた多面的多角的な視点が有効です。
転移
一つこうした事例を取り上げて、多面的多角的な視点を生徒が持つようになれば、生徒はほかの事例の背景・文脈にも関心を持つようになります。
【転移例】
・和歌山ではどうして梅が有名なの?
・青森ではどうしてリンゴが有名なの?
・ジャガイモ生産量第2位が長崎なのはどうして?
※和歌山で梅が有名な理由
…江戸時代、徳川吉宗が藩主だったころ、米が不作で商品作物の梅を年貢代わりに納めたから。
(ちなみに南高梅の名称の由来は、ブランド化に携わった南部高校)
※青森のリンゴが有名な理由
…旧津軽藩士の失業対策として栽培が広がったから。
※長崎がジャガイモ生産量2位の理由
…長崎は江戸時代から貿易港として栄えていたから。
(ちなみにジャガイモは南米原産で、ジャガイモを世界で初めて食べたのは、スペインのフェリペ2世)
④選挙
導入
- 投票用紙は折っても勝手に開く。普通の紙ではなく、プラスチックでできている。
- 最初に投票所に行った人は、投票箱の中を見せてもらえる(零票確認)。
背景・文脈
・選挙に関係するものとして、「おみくじ」を挙げる。
Q.日本で一番たくさんおみくじを作っているのは、山口県にある会社「○○道社」です。
○○には何が入るでしょう?
A.女子
→女子道社は、明治時代に女性の参政権を認めさせる活動をしていた。
その活動で使った機関紙『女子道』作るお金を工面するためにおみくじを作った。
Q.普通選挙法は1925年に制定されました。なぜ1925年だったのでしょう?
A.1925年は大正時代で、護憲運動が活発になったり、尾崎幸雄が選挙権拡大を訴えて活動した時期。
大正時代は新聞、雑誌、ラジオなどのマスコミが発達し、学校にも全員が行くようになった時代。
国民の識字率、判断力、思考力が格段に向上している。だから選挙権が認められた。
Q.世界で最初に女性の参政権を認めた国はどこでしょう?
A.ニュージーランド(1897年)
(オーストラリアが1901年で2位)
→ニュージーランドやオーストラリアは19世紀にイギリスの直轄植民地となった移民の国。
人口が非常に少なかったので、男性だけの意見では民意を政治に反映できなかった。
Q.第一次世界大戦終戦前後に各国が女性参政権を軒並み認めましたが、それはなぜでしょう?
A.ここで、第一次世界大戦の性格をもう一度復習しましょう。
Ex)総力戦だった。死人は○○人だった。etc…
そして、戦争中にロシア革命がおこり、ロシアでまず女性参政権が認められました。
その後、他の国が女性参政権を立て続けに認めた理由は2つ。
①戦時中、国内産業は誰が担っていたか。
→総力戦で、国内の男性は戦地に行きました。
国内の工場で人手が不足したため、女性が社会に進出して労働をはじめました。
生産活動に従事している以上、権利を認めないといけません。
②ロシア革命は社会主義革命だった。
→ロシアで女性参政権が認められた状況で、自国で参政権を認めなければ、
世論は社会主義国の方がいいじゃないかと思ってしまう。
資本主義国で社会主義革命が起こりかねない。
日本では、普通選挙法は治安維持法とセットで施行されました。いわゆる「アメとムチ」です。
Q.どうして「アメとムチ」にする必要があったのでしょうか?
A.普通選挙法で全員に選挙権を認めると、貧しい人々は社会主義勢力に票を投じ、
社会主義革命の機運が高まってくるので、それを阻止するため。
選挙権というテーマから、面白いネタも含めながら、なぜこの時期に選挙権が与えられたのかという背景をおさえて学ぶことで、文脈を意識しながら歴史を学ぶことができます。
転移
18歳選挙権の問題が話題に挙がる中、生徒たちに「選挙に行かなくちゃ」
と思わせる授業を考える。
発問:
「あなたが政治家になったとして、18歳の有権者に投票してもらえるようなマニフェストを考えてみよう!」
→児童・生徒らしい答えが返ってくるでしょう。
選挙に行かず若者の投票率が低いと、そうした若者の声を取り入れた政策を打ち出す政治家が現れず、投票率の高い中高年層に対する支援を掲げた政策ばかりになってしまう、ということに目を向けさせてみましょう。
4 企画参画型授業「わが街のノーベル平和賞」
前の第三章では普段の授業で取り入れられる「授業のネタ」を紹介しました。
次に紹介する「わが街のノーベル平和賞」の学習は、河原先生が監修して実際に行った実践例です。
この実践は“平和”“人権”“国際理解”を“地域”から、また一人の生き方や取り組みから、主体的に考え行動する探求学習です。
1.事前学習
はじめに、ノーベル平和賞とはどういうものなのかを調べ学習し、その後様々な平和活動に従事するゲストを招いてワークショップを行った。
2.ノーベル平和賞の壁新聞づくり
グループにわかれて壁新聞をつくり、プレゼンテーション大会を行った。
3.街のノーベル平和賞候補者への取材
街のノーベル平和賞の候補者を洗い出し、取材に行った。そしてそれを元にプレゼンテーションを作った。
4.街のノーベル平和賞プレゼン大会
各グループで作成した「私たちの街のノーベル平和賞の推薦文」をもとにプレゼンテーションを行い、そのあと投票を行い、街のノーベル平和賞を選出した。
この取り組みは新聞社と連携しており、記事化された。
また、学習後子どもたちは自分たちの取り組みの反響に感激し、これまでの活動を脚本化して文化祭の劇で演じた。
自分たちが学んだことを自分なりに考えながら、社会に発信していくような企画や学習を生徒が協働してやっていくところにアクティブ・ラーニングの醍醐味があります。
5 実践者プロフィール
河原和之(かわはらかずゆき)先生
1952年 京都府木津町(現木津川市)生まれ。
関西学院大学社会学部卒。東大阪市の中学校に37年勤務。
東大阪市教育センター指導主事を経て立命館大学、近畿大学非常勤講師。
授業のネタ研究会常任理事。経済教育学会理事。
6 編集後記
アクティブ・ラーニングで使える様々な授業のネタを紹介しました。いかがでしたでしょうか?
導入→背景・文脈→転移というフローを意識すれば、より戦略的でおもしろい授業を作ることができるかもしれません。ぜひお試しください。
関連記事
「社会科でアクティブ・ラーニング<理論編>」ではより理論的な内容を、
また「社会科でアクティブ・ラーニング<実践編①>」では、授業時間内の時間配分など、アクティブ・ラーニングの実践についてさらに紹介しています。
ぜひご覧ください。
(編集・文責 EDUPEDIA編集部 横山尚人)
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