共生社会へつながるパラリンピック教育 ~教材『I’mPOSSIBLE(アイムポッシブル)』日本版の魅力~(特集企画 #01)

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目次

1 はじめに

連載第1回となる今回は、国際パラリンピック委員会公認教材『I'mPOSSIBLE』日本版の開発者の皆さんが、教材の魅力や、パラリンピック教育の意義をお伝えします。

『I'mPOSSIBLE』日本版の教材開発中心メンバーである安岡由恵さん(公益財団法人日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会)、マセソン美季さん(国際パラリンピック委員会教育委員、日本財団パラリンピックサポートセンター)、小松ゆかりさん(公益財団法人ベネッセこども基金)に、お話を伺いました。

なお、本企画はI’mPOSSIBLE日本版事務局(公益財団法人日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会/日本財団パラリンピックサポートセンター)とのコラボ企画となっております。JPC『I’mPOSSIBLE』日本版サイト にも教材の詳細や活用事例等が掲載されていますので、合わせてご覧ください。

https://www.parasports.or.jp/paralympic/iampossible/

2 I'mPOSSIBLE教材開発中心メンバーによる対談

【対談者(左から)】

  • 小松ゆかりさん:公益財団法人ベネッセこども基金 
  • 安岡由恵さん:公益財団法人日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会
  • マセソン美季さん:国際パラリンピック委員会教育委員、日本財団パラリンピックサポートセンター

1.「子どもたちから変わっていってほしい」— 開発に込められた願い

安岡さん:

これまで実は、パラリンピック教育として日本の学校現場で使える教材というものがなかったんです。そこで東京2020オリンピック・パラリンピックの開催決定をきっかけに教材を開発することになりました。当初は、パラリンピックの歴史や競技など、知識を深める教材を想定していたのですが、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックの際に開発された「Get Set」という画期的な教育プログラムが大変好評で、IPC(国際パラリンピック委員会)は、そのよさを取り入れた教材開発をめざしました。

「Get Set」で推進されたパラリンピック教育は、「勇気」、「強い意志」、「インスピレーション」、「公平」といったパラリンピックの「価値」に重点を置いており、若い世代の考え方や行動を大きく変えたばかりでなく、それが親世代、祖父母世代にも影響を及ぼすという社会的な広がりを見せたのです。子どもが変われば、社会も変わることが実証されました。その結果、ロンドンのパラリンピックは「史上最高のパラリンピック」と称される大盛況を収めました。この流れを東京パラリンピックでも受け継ぎたいという思いから、国際パラリンピック委員会が『I'mPOSSIBLE』を作成し、さらに日本財団パラリンピックサポートセンターの支援、ベネッセこども基金の協力もいただきながら、日本で使いやすいように日本版教材の開発を重ねました。

2.「いろいろな人が生き生きと共生できる社会」を作るための考え方を学べる教材

マセソンさん:

『I'mPOSSIBLE』日本版では、もちろんパラリンピックの歴史や目的、競技の内容やその魅力など、基本的な情報を知ることができます。そのうえで、IPC(国際パラリンピック委員会)がめざす「パラリンピックを通じた共生社会の実現」について、その概念も学べるものになっているというのが大きな特長のひとつですね。世の中にはいろいろな人がいるけれども、それぞれが生き生きと暮らせるような社会をつくるためには、どうすればよいかについて考えていきます。社会を変えるには、その第一歩として「知る」ということ、そして「気づき」、「考え」、最終的に「行動を変えていく」ということが必要です。これからの社会を担う子どもたちが、小さいうちから共生社会の概念を深く考えていくことは、とても重要なことです。

小松さん:

その理念は教材によく反映されていると思います。例えば、「公平について考えてみよう」というテーマのユニットでは、小学校3年生のクラスで障害のある子どもがクラスのお友達とドッジボールを行ったときの作文を読むことから始まります。

そこから得た学びを元に、車いすに乗っているクラスメートがいたら、運動会で玉入れをするときにどのようなルールでやれば全員が楽しめるかを考えさせます。

この視点は様々な場面で応用できると思うのです。障害の有無だけでなく、いろいろな立場の人がいる中で、どうしたらみんなが気持ちよく参加できて、参加した人それぞれが満足できるのか。これからの社会で生きていくうえで絶対に必要となる視点ですし、学校生活の中でも役立っていくはずです。クラスの中で何かを決めるときに、「本当にみんなにとって良いと思えることになっているか?」を考えることは、コミュニケーションの基本とも言えます。

安岡さん:

まさにそうですね。「みんなにとって良いと思えること」を考えようとするときには、柔軟性が必要だと思うのです。例えば、障害があるから競技ができない、とあきらめるのではなく、どうやったらできるようになるか?目が見えないランナーに、声でガイドをする人がいれば走れるように、パラリンピックには何を変えればできるようになるのかという工夫と、発想の転換の事例がたくさん含まれています。この、「できない」を「できる」に変える工夫や、柔軟な発想について学ぶことは、いろいろな人がともに暮らしていく社会を作るときに必要不可欠なツールですし、大きな意義があると思っています。

小松さん:

工夫や発想の転換というと、頭のやわらかい子どもたちに寄せる期待は大きいですね。子どもたちがどんな考えやアイデアを思いつくのか、ぜひたくさん聞いてみたいです。大人の頭では考えつかなかったようなことがどんどん出てくるかもしれません。子どもの発想力や柔軟性から大人が学んだり、そこから社会が変わっていったりするかもしれません。

マセソンさん:

そうした発想の転換が、社会全体への視点に広がっていってくれたらいいなと思います。パラリンピックの競技には、ルールや用具の工夫があるので選手たちは最大限に力を発揮できます。でも、ひとたび競技場を出ると、社会の理解や環境が整っていないために力を発揮しきれないことや、参画する機会さえ与えられないという残念な現状があることも事実です。

パラリンピック教育で「みんなにとって良いように工夫する」という視点と柔軟な考え方を得た子どもたちが、社会の中に存在するバリアに気づき、バリアを減らそうと努力してくれたら嬉しいです。本当の共生社会を作るために必要なことを考えるようになっていればいいですね。

小松さん:

パラリンピックを通じて得られる考え方は、過ごしやすい学校づくりや、暮らしやすい社会づくりにつながっていくんですね。パラリンピックは私たちの生活ととてもかかわりがあることを感じます。

3.「自分にもできる」という勇気を持ってもらいたい

マセソンさん:

「できない」を「できる」に変える工夫ということで言うと、ルールや用具といった環境を整えるという観点以外にも、アスリート自身の内面にも着目してもらいたいと思っています。選手たちがパラリンピックの舞台に立てるようになるまでにはさまざまな壁があります。それを乗り越えてスタートラインに立つために、精神面、技術面であらゆる工夫をしています。純粋にスポーツとしてそのスピード感や迫力を楽しんでもらい、さらにそれが「どうやってできるようになったのか」を知ってもらえると、よりパラリンピックを身近に感じてもらうことがでるのではないでしょうか。実際に選手たちが、子ども達にとって身近な生活の中でロールモデルになっているという話を聞きます。

小松さん:

たしかに、教材の中で、車いすバスケットボールの香西選手を通して「パラリンピックの価値」について伝えるユニットがありますが、競技に取り組むために渡米することを決めたものの、不安や寂しさもあり泣きながら出発したというエピソードをご本人が語っていらして、思わず私もジーンと来てしまいました。世界の舞台で活躍する選手でも、やはり大きな決断の前には不安な気持ちもあるんだなあと。子どもたちもこれから成長していろいろな挑戦をしていくと思いますが、そんなときに不安や寂しさがあってもいいんだ、その気持ちを乗り越えてチャレンジしていくんだよ、というメッセージとして伝わったらいいな、と思いました。不可能だ(Impossible)と思っていたことも、何か少し工夫したらできるようになる(I’m possible)というコンセプトもわかりやすいですし、子どもたちの中にキーワードとしてずっと残ってくれたら素敵だなと思いますね。

4.さまざまな場面で使いやすいよう工夫された教材設計

安岡さん:

パラリンピック教育の授業をしようと考えたときに、アスリートや関係者を呼んで出前授業をするというのはわかりやすいですし、実際リクエストも多いのですが、単発のイベントとして終わってしまうケースも少なくありません。何よりパラリンピック関係者がいないと授業ができないということであれば、パラリンピック教育は広まりませんよね。『I’mPOSSIBLE』日本版は、ゲストティーチャーにたよらず、先生方が自分で授業を行うことが前提となっています。必要な材料はすべてそろっていますので、パラリンピックのことをあまりご存じでない先生にも、気軽にパラリンピック教育にチャレンジしていただければと思います。

小松さん:

全部で14授業分のユニットが用意されていますが、すべて扱わなくても部分的に取り上げたり、パラリンピアンの出前授業の事前学習として使用したりと、教材のどの部分を取り出しても授業が成り立つようにしてあるのは使い勝手が良いのではないかと思います。また、普段学んでいる教科の中にうまく取り入れることができれば、通常の授業とオリパラ教育が一緒に行えるというメリットもあります。たとえば総合的な学習の授業で福祉の単元として扱ってもよいし、体育の授業で実技として取り入れてもよいでしょう。

マセソンさん:

オリンピック・パラリンピック教育だけで時間をとろうとすると難しいとおっしゃる先生もいらっしゃいますが、パラリンピック教育は人権教育や障害理解教育、福祉教育、道徳教育など、いろいろな分野を幅広くカバーできると説明すると、応用事例をすぐに思いついていただけます。既存のカリキュラムの中で、ツールの一つとして活用してもらえたらいいですね。

安岡さん:

朝の会や休み時間、お楽しみ会でやったという例も聞きました。また、忙しい学校現場の中でも使っていただけるよう、ひととおりそろっています。授業の中で子どもたちにちょっと話せる小ネタなども入っているので、そのまま授業ができると好評です。使ってくださった学校からのアンケート回答では、先生が準備に使った時間は1時間くらいが多く、30分くらいでできたという先生もいらっしゃいました。時間が短いからいいというわけではありませんが、準備の負担が少なく、すぐに実施してもらえるという点にはこだわって作っています。

マセソンさん:

授業の中で話し合ったり発表したりする場面も取り入れているので、自然と主体的な学び、対話的な学びを促すことができます。問いの中には、「これが正解」という決まった答えがないものもあるので、たくさん考えてもらう余地があり、ディスカッションもはずむでしょう。公開授業の際に教材をご活用いただいた学校では、保護者がもっと続きを聞きたいと言ってくださった例もあるそうです。まさに子どもたちへの教育から社会に広がる、という流れですよね。

小松さん:

選手や競技を紹介するだけでなく、「共生社会」や「チャレンジする勇気」など、パラリンピックの意義を重視した作りになっているからこそ、そうやって興味をもっていただけている気がします。

安岡さん:

ぜひ、学校現場で活用していただき、パラリンピックを通して大切なことを子どもたちに考えていってもらえたらいいなと思います。そして、それが大人にも広がって、みんなが生きやすい社会につながっていったらうれしいですね。

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