【ICT文具論③】学習者中心の教育とデジタルシティズンシップ(豊福晋平氏インタビュー)

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目次

1 はじめに

本記事は、2020年12月10日に行われた、国際大学GLOCOM主幹研究員・准教授(2021年5月現在)豊福晋平氏へのインタビューを記事化したものです。ICT文具論をテーマに、理論と実践の両側面からお話を伺いました。今回は、ICT文具論の基盤となる学習者中心の学習観とデジタルシティズンシップ教育について詳しく解説しています。

本インタビューは3部構成になっています。ぜひ他の記事もお読みください。

これまで学校へのICT導入がうまくいかなかった理由について解説しています。ICTの日常的利用の重要性やICTが教育的効果を発揮する要因についてもお話を伺いました。

ICTを子どもの文具として活用するための根幹となる発想について解説してます。子どもたち自らがICTを道具立てすることの重要性、豊福先生がICT文具論を考えるようになったきっかけについてもお話を伺いました。

2 ICT文具論と授業における学習観

学習者中心の学習観とは何か

———子どもたちがICTを文具として利用すると、授業はどう変わるのでしょうか?

私は子どもたちがICTを文具として使いはじめると、教具的には使えなくなると考えています。これには、授業の基盤となる学習観の問題が大きく関わっています。

学習観には大きく分けて、行動主義や表象主義という考え方と、構成主義という考え方が相反する立場としてあります。

行動主義や表象主義は、受動的な学習観です。表象主義をわかりやすい例で表すと、ドラえもんの「暗記パン」の考え方です。パンに覚えたいこと書いて食べると、知識が頭の中に入るといった具合に、知識は外から与えられるものであるというのが表象主義です。つまり、表象主義の場合は、子どもに知識を教え込んで、何度も詰め込めば、知識が身に付くと考えます。ICT教具論は、どちらかというと行動主義や表象主義の考え方に近いです。

しかし、知識はそんな単純なものではないと主張する立場の人が現れます。これが、構成主義の立場です。構成主義の立場では、知識というものは、本人がそれを認識して、自分の頭の中で再構築して初めて知識になると考えます。要するに、自分が動いて自分の頭で考えないと、知識は身に付かないという考えです。私が提唱するICT文具論は、構成主義の立場になります。そして、世界的にも行動主義や表象主義の受動的な学習観から、構成主義の学習者中心の学習観へと転換しています。

このように、構成主義の学習観に基づく授業スタイルをとると、必然的にICTは教具ではなく文具として利用されなければいけません。その理由は、子どもの手元にパソコンを置いて勉強ができるようになると、先生がずっと教壇の上で教えるという授業スタイルが非効率になるからです。子どもたちは、一人ひとり考えていることが違いますし、要求される知識のレベルも、積み重ねてきた経験も違います。子どもたちが、自分で必要な勉強をできるような状況を作れることが理想です。

学習者中心の授業を実現するには

———子どもたちが自分で必要な勉強を行う、学習者中心の授業はどうすればできるのでしょうか?

先生が普段から子どもをコントロールする授業をしていたら、急に子どもが自分で勉強する状況を作ることはできません。明日からいきなり学習者中心の授業に変えようとしても、難しい状況にあります。典型的な例は、自習の時間です。もちろん中には、自分で自由な時間をうまく使う子どももいると思いますが、適切に指示を出さないと、糸の切れた凧になってしまう子もいますよね。

日本と比べるとヨーロッパの学校では、学習者中心の授業が進んでいると思います。私がヨーロッパの学校でパソコンを使う授業の見学をすると、最初の5分で授業が終わってしまいます。先生が最初の5分ぐらいで説明し、授業のきっかけを作ります。そのあとは、子どもたちが各自で作業を始めてしまうのです。この授業スタイルが可能なのは、子どもたちが幼い頃から、自分で段取りを組んで学習する能力を養うトレーニングをしているためです。

だから、日本でこの授業スタイルを真似て、いきなり子どもに全権委任してもうまくいきません。段階的に子どもたちに学びの舵取りを委ねていく必要があるのです。例えば、先生がリードする授業の次はグループワークをし、グループワークでうまくできるようになると、今度はソロワークにするという具合です。だんだん子どもにできることを増やし、段取りを任せるという発想が大切になります。

ICTを文具として使うときは、ただICTを使うではなく授業のスタイル自体も変えていかなければなりません。

3 デジタルシティズンシップ教育

情報モラル教育からの転換

———子どもがICTを長時間利用している問題にはどう対処すればよいでしょうか?

これまで日本の学校では、情報モラル教育が行われてきました。情報モラルの考え方というのは、基本的に学校の中でオンライン・コミュニケーションを扱わないことが前提でした。学校の中ではスマホを使わせず、メールやSNSなどの利用を規制していたのです。

多くの子どもは、中学生頃になるとプライベートでスマホを持ち、LINEなどのSNSで友達とやりとりをするようになります。そういうときに、学校の先生方は「ネットを使ってプライベートなやりとりをするのもほどほどにしなさい。ネットは2時間以上使うと馬鹿になるからな」という言い方をしています。

しかし、多くの中学生や高校生がスマホを持ち、SNSでやりとりしているのは、決して無理やり誰かにやらされているわけでもなく、友達といざこざを起こしたくて使っているわけでもありません。例えば、家族には相談できないことを友達に聞いてもらったり、仲の良い友達を身近に感じて安心したりできるために利用しています。子どもたちは、真っ当な理由でスマホを使っているのに、大人の側は一方的に利用制限しようとします。これがこれまでの情報モラル教育の決定的に駄目な点です。

さらに、GIGAスクール構想で子どもたちが1人1台端末を持つと、学校でも家でも四六時中パソコンを開けて何かをするようになります。今までは子どもがスマホを使っているときは、勉強に関係のないプライベートで遊んでいると決めつけられたのに、これからは、パソコンやスマホを使って真面目に勉強しているかもしれません。そうすると、大人たちは頭ごなしに「家でのネット利用は2時間まで」などと言えなくなります。

私は今のGIGA時代においては、従来の情報モラル教育から、デジタルシティズンシップ教育への転換が必要だと主張しています。

デジタルシティズンシップ:情報技術の利用に関する適切で責任ある行動規範のこと。日常的活用を前提として、テクノロジーの善き使い手となることがデジタルシティズンシップ教育の目標とされる。

デジタルシティズンシップの特徴として、ICTの利活用が前提にあります。また、情報モラル教育のようにネットの危険性や悪い特性のみを強調せず、、積極的にオンライン・コミュニケーションの社会的意義に共感したうえで、学習者自身が選択肢のメリットとデメリットを検討することを大切にします。

デジタルシティズンシップの特徴的な考え方のひとつに、デジタルジレンマというものがあります。ICTは便利な半面、使いすぎたり誤った使い方をしたりしてしまうと厄介なことになります。こうしたデジタルジレンマを抱えているのは、大人も子どもも同じです。私たち大人も、YouTubeでだらだらと動画を見続けて半日経ってしまったという失敗をすることがありますよね。また、何人かで集まって話しているときに、ついスマホの画面を見てしまうこともあります。そうした身近な大人が子どもたちのモデルとなっているのも悩ましい状況です。

子どもがそうした失敗をしていると、大人は目くじらを立てて怒ります。大人もICTの使い方を失敗するのにもかかわらず、「未熟な子どもは情報モラルを勉強しなさい」と言うのは理屈に合いません。全ての人が、デジタルジレンマを常に抱えていて、しばしば失敗している中で、自分でメリハリを付けてバランスを取ることが必要になります。デジタルシティズンシップでは、子どもが日常的にICTを使用する中で、「もうちょっと使っていてもいいかな」あるいは、「今日は使うのをセーブしておかないと明日に影響するな」ということを自覚して、賢く判断できる力を身に付けることが大事なのです。

子どもの手元にICTがあるいうことは、それを先生や親が24時間監視し続けることはできません。そのため、子どもを信じて委ねるか、利用を制限・禁止してしまうかしか選択肢はなくなります。しかし、ICT利用を制限・禁止してしまっては、最初に述べたようにICTの教育的効果は全く得られません。

大人たちは子どもを信じることしかできません。しかし、ただ自由を与えるだけではなく「自分自身でICTの賢い使い方を身に付けるんだよ」と伝えるのも重要な役目になります。実は学習者中心の教育とデジタルシティズンシップでやるべきことは、同じことなのです。

4 最後にメッセージ

———最後に読者の方々に向けてメッセージをお願いします。

先生に限らず大人は、子どもたちのことをコントロールしたいと思ってしまうものです。しかし、子どもを四六時中大人の管理下に置くことはできません。いかに子どもを信じて、自由を委ねるかが重要になるでしょう。

世界的な教育の潮流は、学習者中心に動いているため、そこにICTもうまく乗っているというのが私の見取りです。ICTだけが学習者中心に動いてるわけではありません。今回の話は、ICTだけの話では終わらないというのが私の一番伝えたいことです。読者の方々には、学習者中心の教育へ転換しているという大きな流れも合わせて、学び取っていただければと思います。

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6 プロフィール

豊福 晋平(とよふく しんぺい)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員・准教授
北海道出身、横浜国立大学教育学部(心理学)卒、横浜国立大学大学院教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退
専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。一貫して教育情報化をテーマとして取り組み、近年は、北欧諸国をモデルとした学習情報環境(1:1/BYOD)の構築に関わる。

7 著書紹介

『デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』

著者:坂本旬・芳賀高洋・豊福晋平・今度珠美・林一真、出版社:大月書店、発売日:2020年12月18日

8 編集後記

ICTを文具として活用する際には、授業のスタイルを学習者中心にしていく必要があるのだと感じました。これからの時代には子ども自身が「学びの責任」を持ち、力強く学習していくことが求められているのではないでしょうか。また、デジタルシティズンシップは、子どものみならずICTを利用するすべての人が身に付けるべきものだと思いました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 瀬崎颯斗、千葉教生、杷野真弓)

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