1 はじめに
本記事はFutureEduの代表理事やMost Likely to Succeedの日本アンバサダーをはじめとし、教育に関する様々な活動をされている竹村詠美さんへの取材内容を記事化したものです。取材は2021年3月8日に行われたものです。(6月23日に内容を更新しています。)
この記事では、21世紀の学校教育に必要な考え方や態度、具体的な実現ビジョンについてのインタビューをご紹介しています。
こちらの記事では、新たな学校での学び方の提示として特にオンラインでの円滑な授業運営に焦点を当てて紹介しています。
21世紀の教育に向けて①〜オンライン授業で作る対話的で深い学び〜
こちらの記事では、竹村さんの教育経験、今後の活動の展望についてご紹介しています。
21世紀の教育に向けて③〜仕事の成功に活かされている教育経験〜
2 カリキュラムの作成
——今後、学びの個別化が進む中でどのようにカリキュラムをデザインしていくとよいのですか?
カリキュラムをデザインするうえでいちばん大切なのは、卒業時にどのような資質やスキルを兼ね備えた人に成長してほしいかという学習者像だと思います。そのビジョンが共有されると、教科を横断した共通する軸のようなものが出てきます。例えば、「深く探究できる」「多様な人と協働できる」「批判的に物事を考えられる」といったスキルを育むのであれば、PBL(プロジェクト型学習)といった教授法や社会と接続した学びを積極的に取り入れる必然性が見えてきます。ただ日本では教育現場に限らず、目的よりも手法が重視される傾向にあります。なぜなら手法には「XXを導入する」という明確な目標がありますが、目的に対するソリューションには正解がなく多岐にわたるため、意思決定と導入にはより強いリーダーシップと丁寧な導入のプロセスが必要だからです。私はそれぞれの教育機関でもっと特徴があってもよいと考えています。地域の特性や通う子どもたちの家庭環境なども加味しながら、それぞれの子どもが意欲的に学べる個別化された学びの機会を提供できることが理想です。金太郎飴的な学び方をシステムとして提供する環境では子どもたちの学びの選択肢は生まれなくなってしまいます。
本当はそういうことを学校でもっと話し合う時間を設けることが理想です。加えて、学校という単位だけで話し合うのではなく公立学校だったら地域、生徒や保護者の意見を取り入れていく、という対話のプロセスというのがとても大切だと思います。日本の場合、授業計画はカリキュラムという、学習指導要領や学校教育法施行規則などを通じて教科書、授業時数、評価などを制限する枠組みのなかで、微調整し、作成されるものだと伝統的に認識されてきました。だからこそ理念を元にして我々らしい学校を作るにはどうすればよいのか、というのを学習者側から見つめ直していき、そこで合意形成をしてからカリキュラムを作るという理想の姿がなかなかできていないのではないかと思います。
3 新たな平等感
——時代に合った「新たな平等感」とは具体的にどのようなものでしょうか?
子どもによって身体的な特性、家庭環境や経験値は異なります。だからこそ、学校はそのような違いが子どもたち一人ひとりの成長の足かせにならない教育を実践することが求められます。今までは、全員が同じ内容を同じタイミングで学ぶことが機会平等だと考えられてきましたが、スタート地点や学び方の特性が異なる多様な子どもたちの状況を考えると、このようなアプローチで取り残されたり、つまらなく感じたりする子どもが多いのは不思議ではありません。真の機会平等に近づけるために必要なのは、個別化と協働の組み合わせです。個別化というのはそれぞれの子どもに応じて進度や学び方を変えるということです。それは学力に応じるだけでなく、興味・関心も考慮することが重要です。
協働という意味では、現在アクティブラーニングという言葉をよく耳にしますが、アクティブに対話していればよいというものではありません。色々な子どもがいる中でどうやってお互いが学び合うコミュニティを形成するかということを考える必要があります。
従来型のテスト教育は極めて個人作業です。それを共同で行うということはカンニングをすることになるので不可能になってしまいます。一方でモンテッソーリ教育の学校では、年齢の異なる子どもも同じクラスに在籍しており、特定の内容に長けている子がそうでない子に教え、理解を深めるといったことが日常的に行われています。例えば数学は苦手で英語は得意という子は、数学は得意な子に教えてもらう代わりに、英語が苦手な子に教えてあげることで、お互いに差異を埋め、高め合うことができます。教えるという行為は学びを定着させることにも役立つので、教えられる側だけでなく教える側にも有益です。
加えて、私がPBLを推奨する大きな理由に「体験格差を埋める」ということがあります。経済的に裕福な子は小さい頃からコンサートや自然体験など「本物に触れる」経験をさせてもらえますが、必ずしもそういう家庭ばかりではありません。そうすると、どうやって学校の中で子どもが関心を持ったことへの体験格差を埋めていくのかが大切です。また、ただ体験させるのではなく、興味のない子も授業内で関心を持つことができるようにお膳立てをして体験してもらうことも大切です。その1つとしてPBLがあると思っています。多くの生徒が関心を持てる問いから始まり、問いを深堀るために現場検証的な位置づけで体験を行います。そうやって筋道を立てて体験させてあげることが大事ですし、それが深い学びにつながっていきます。
——その学びの個別化の管理は先生が行うのですか?
学びの個別化の管理に関して、生徒自身が目標や学習計画を立てられるようになることが理想だと思います。自身が立てた計画を先生とレビューするというイメージです。ルーブリックなど一定のガイドラインを目安として提示したり、振り返りのプロセスを単元の中に入れたりするなど、計画や目標を立てるためのプロセスは先生が提供してあげれば生徒たちは自ら目標や計画を立てる力が徐々に身につけていきます。
——その場合、通知簿のような成績評価はどのようにつけるのですか?
テストのような絶対的基準で達成度を測る総括的な評価だけでなく、個人の成長を促す形成的な評価が必要だと思います。形成的評価のために先生が大きな目標を決め、その目標に子どもが自ら辿り着くために学び方の選択肢を用意します。そして、実力診断としてテストを活用するという形態を用います。生徒が主体的に行動できる選択肢を与えることなく主体性を期待するのは難しいです。中間・期末テストの結果だけではなく、普段から評価指標も考慮し、学び方自体を学びながら自己調整能力をつけ、自ら設定した目標に向かうスキルを身に付けることも大切です。
このような状況では先生は手放すことが多くなってくるので、一人で行動を起こすにはリスクを感じる方も多いでしょう。だからこそ、学習者像をはじめとする学校としての教育観への合意が先生方の間でなされ、そういう子どもを育てるためにこういう手法に取り組んでみようといった挑戦を、教科、学年、もしくは学校単位で可能にする環境が作られると、新たな教育方法を実行に移しやすくなるのではないかと思います。
同じものを同じ時間に同じ方法で提供しテストで評価することで客観性を保つという、説明責任を果たしやすい総括的評価には根強い安心感があるでしょう。従来の伝統的な評価法には賛同者も多い一方で、子どもたちの成長を促す評価には繋がりにくいというジレンマがあります。埼玉県が実施する学力・学習状況調査は、客観的な現状評価だけでなく生徒の学力の成長を明らかにすることで、成長を促す評価につなげていく試みとして注目されています。このような総括的評価と形成的評価の橋渡しをする施策も今後増えていくことを期待しています。この取り組みは教育委員会が大きく舵を取っているという例ですが、理想と現実のギャップを埋めるには、先生だけが新しい理想的な教育を実行するのは不可能です。管理職や行政など教育に関わる多くの人が新たな学びへの橋を共に渡る覚悟が必要だと思います。
4 取材先プロフィール
竹村 詠美 (たけむら えみ)
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、一般社団法人 Learn by Creation 代表理事、Peatix.com 共同創業者、Most Likely to Succeed 日本アンバサダー
マッキンゼー米国本社や、日本のアマゾンやディズニーなど外資系7社を経て、2011年にPeatix.com を共同創業。2016年以来グローバルなビジネス経験を生かした教育活動に取り組み、教育ドキュメンタリー映画「Most Likely to Succeed」上映・対話会の普及、「創る」から未来の学びを考える祭典「Learn by Creation」、学習者中心の教育実践者に向けた研修「ブリッジラーニング」など、学びに関わるヒトが、先端的な学びに刺激を受けながら、自ら考え、仲間と行動することを応援している。2020年夏に5年間の先端教育現場視察やリサーチからの学びを凝縮した『新エリート教育 ~ 混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?』(日本経済新聞出版)を上梓。 クリエイティブリーダーを育むための、学習者中心の学びやホール・チャイルドを育む環境をテーマに活動中。総務省情報通信審議会委員など公職も務める。経済産業省の未来の教室での研修採択実績。講演や執筆も多数。
慶應義塾大学経済学部卒 | ペンシルバニア大学ウォートンビジネススクール修士卒|ペンシルバニア大学国際ビジネス修士卒
ご著書
『新エリート教育 ~ 混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?』
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コロナ禍で新たにオンライン授業を取り入れようと考えている先生方におすすめの記事となっております。
オフラインを活用する小・中学校のオンライン授業検討会(前編)
オフラインを活用する小・中学校のオンライン授業検討会(後編)
5 編集後記
学校教育を支援するうえで必要なビジョン・管理・評価といった視点に示唆を与えてくれる内容だったと思います。学級運営をされる先生方だけでなく、これから学んでいく若い世代の方にも是非読んでいただきたいです。この記事が新たな教育に対する考え方を知る一助となれば幸いです。
(編集、文責:EDUPEDIA編集部 吉田、甲斐)
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