1 はじめに
当記事は、2022年5月15日に東京大学本郷キャンパスで実施、YouTubeでライブ配信されたNPO法人ROJE主催五月祭教育フォーラム2022「学校教育だけでは終わらない~日常に新たな学びを!~」内で行われた、パネルディスカッションの内容を記事化したものです。
登壇者である日野田直彦先生(武蔵野大学中・高、武蔵野大学附属千代田高 中高学園長 千代田国際中学校 校長)、真坂淳さま(キャリア教育NPO法人 日本学生社会人ネットワーク (JSBN) 代表理事・外資系金融機関グローバルバンキング本部 マネージングディレクター・米国公認会計士)、滝川麻衣子さま(スク—CCO)、赤松湖子(本フォーラムを主催するNPO法人ROJEの学生登壇者)の4名が議論を交わしました。議論の途中で鈴木寛先生もお話をなさいました。
当記事では、絶えず変化する社会とそこで生きていくために必要なことについて取り上げています。
※当フォーラムでは、新型コロナウイルスの感染防止のために適切な対策を講じています。
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2 絶えず変化する社会
◎赤松:基調講演の内容に関連して「絶えず変化する社会の様相」について詳しくご説明をお願いします。
真坂:数年前は激動の時代というものを説明するためにプレゼンテーションの半分くらいの時間を使っていました。世の中はこんなにも激動しているのに、説明しないと理解していただけなかったのです。最近になって、コロナ禍や戦争の影響も受け、このままではいけないということを肌感覚で感じている方の数が増えた気がします。人口減少の現状や、世界のビジネスの中で戦える日本企業が少なくなっていることなどを含めて、日本は「やばい」のです。その中でも教育の現場はあまり変わっておらず、よい学校やよい会社に入れればそれでよいといった教育が未だに行われていることに驚愕します。
日野田:たしかに、日本は「やばい」です。ただ、それを「やばい」とみるか、課題先進国とみてチャンスは山ほど転がっているとみるかは、その人の見方次第だと思います。私たちは、バブル前であったらはみ出した人間として怒られていたかもしれません。しかし、焼け野原である今は重宝されて何をやってもよい時代であると思っています。私が校長をしている学校は、偏差値は高くありませんが、ハーバードクラスの大学に合格する生徒もいます。偏差値が高い人は作業能力も高い場合が多いです。しかし、偏差値が高いことと本質的に頭がよいこととはあまり関係ありません。そのため、偏差値にしがみつく宗教のようなものもやめた方がよいと思っています。
◎赤松:お話の中で、今の日本は「やばい」ということがありましたが、私たちは具体的にどのようなことを意識すればよいのでしょうか。
日野田:偉そうに説教をする人は無視した方がよいと思います。そういった人は大体嘘つきです。それよりも、真坂さんのようにサポートに回ってくださる方に頼ったり、私みたいに踏み台になって喜んでいる大人を思いっきり踏みまくったりしたほうがよいと思います。
滝川:今の学生が生きている時代とその親御さんの世代が生きてきた時代がいかに違うかということを、学生も親御さんも実感すべきだと思います。1989年時点では、世界時価総額ランキング上位30社のうち、8割くらいが日本企業でした。しかし、今は日本企業で最も上位であるのが50位近くのトヨタなのです。上位はほとんどアメリカと中国の企業が占めています。それがよいとか悪いとかいうことではなく、今と昔ではそれほど違うということを知る必要があります。今、日本経済は低迷期に入っていて、その一番の原因は少子高齢化による労働人口の減少です。しかし、高齢者ばかりの国になっていくことを絶望として捉える必要はありません。どのように社会を作り変えるか、自分の人生やキャリアをどのように作り変えるかを、上の世代の言うことを聞くばかりでなく、自分で考えなければならないのです。
3 保護者・社会人のあるべき姿
保護者のあるべき姿
◎赤松:やはり、学校教育の現場から見て、保護者も問題意識を持つべきだとお思いになるのでしょうか。
日野田:今、保護者は二分化、三分化していると思います。やはり、偏差値を重視したり、大企業に就職すればよいと思っていたりという保護者の方は未だにいます。特に、それで成功してきた方は、それにしがみつこうとしてしまうのですが、この現状は「やばい」です。大企業の中には、内部留保はあるものの、経常的には赤字になっているところも多くあります。一方で、もうその考え方では無理だと気付いている方もいます。ノアの方舟に乗って次の時代に行くぞ、というくらいの勢いでよいと思います。
真坂:学校で生徒に向けて講演をさせていただくとおかげさまで大変好評で、先生から、保護者の方にも話してほしいと言われることがあります。昭和の価値観で子どもに何かを教えてはいけないことはわかっていながらも、何を教えてよいのかわからないという保護者の方がとても多いです。教えるのではなくコーディネーターになればよいという話もしますが、やはり大人が変わらなければならないのです。人間もどんどんアップデートしていかないと、世の中の変化に対応できなくなるのです。
社会人のあるべき姿
◎赤松:社会人の方は具体的にどのように変化していけばよいとお考えですか。
真坂:変化するということを意識するのではなく、自分の人生のテーマを成し遂げるために何をしたらよいかを考えればよいと思います。自分が本当にしたいことは何か、将来何になりたいか、どんな世の中を作りたいかというビジョンに基づいて、自分は今何をしたらよいかを考え、生活に落とし込むとよいと思います。自分の将来について考えることは、緊急ですが重要でないことです。だから、中学校、高校、大学と、考えることを先送りにしてしまい、初めて自分と向き合うのが大学生の後半になってからとなってしまっているのです。本当は早いうちから考えておくべきです。
◎赤松:滝川様はSchooのコンテンツを作成する中でどのようなことを気にかけていますか。
滝川:私たちが「学びとはこうあるべきだ」と思っていることと、現実のお客様のニーズは、必ずしもぴったり一致はしていません。具体的には、プログラミング言語やクリティカルシンキング、よい資料の作成方法など、明日からすぐに仕事に役立つことを学ぶ授業はとても人気が高いです。一方で、私どもが提供しているコンテンツの中には、いわゆる「リベラルアーツ」、例えば哲学、数学、歴史、地政学、音楽など、どの時代でも基礎学力として学び続けるべきとされているものもあります。そのようなものは、大人になると触れる機会が減ってしまうのですが、それを学ぶことこそが遠回りに見えて実は時代を生き抜くための力になると考えています。多くの人は、今日明日を生きることに必死で、人生をどう生きるかを俯瞰して考える時間が足りていないため、明日役立つ学びに意識が集中しがちです。ですが私たちは、今すぐ仕事に役立つ学びと、変化の時代を生き抜くための普遍的な人間の力を身に付けるための学びと、どちらも提案したいなと思っています。
◎赤松:真坂様の話にあったような、人生のビジョンやテーマを考えることは社会人にとっても重要だとお考えですか。
滝川:重要です。今が30年前といかに違うかを考えるとよくわかります。30年前は、キャリアのオーナーシップは会社が握っていました。その人がどのようなキャリアを望んでいるかに関係なく、この部署の人員が足りないから行ってくれと言われたらそれに従っていたのです。ただしそれと引き換えに、終身雇用や年功序列の賃金が約束されていました。しかし経済が低成長時代の今は、そのような仕組みを会社が保証することはできません。だから、入った会社で定年まで働けるとは限らないことをわかっておく必要があります。そして、目の前にある仕事と並行して、会社以外の場で自分がやりたいことは何か、どのように生きたいのかというビジョンをもっておくべきです。そこから逆算して、今年何をやるのか、3年後までに何をしておくのかを考えておくことが大切です。
イキイキワクワクすることの大切さ
◎赤松:滝川さんのお話にあったオーナーシップについて、学校現場において生徒がこれをもつことについてどのようにお考えでしょうか。
日野田:私はキャリアとしては社会変革者です。その手段として塾の先生をやるなどしてどんどんキャリアアップしてここまできているので、校長先生と呼ばれることに違和感があります。オーナーシップは、結局は自分ごとだと思います。自分とはそもそも何かを語れない人には自分ごとにはなりません。これはまさにイキイキワクワクに近く、人それぞれ何に対してイキイキワクワクするかは異なります。それを強制的に言語化してノートに書き、自分で見て、さらに人に見せてフィードバックをもらってということをし続ける。日本人は、恥ずかしいなどといって、人に見せることにあまり前向きではありません。しかし、見せることで自分の認識と相手の認識がずれているということに気付き、それによって自分をアップデートできるのだと思います。
◎赤松:日野田様のお話にあった、イキイキワクワクという生き方は社会人にとっても必要となってくるのでしょうか。
滝川:そうですね。学ばなければ生きていけないというような強迫観念で学び初めても、長くは続きません。そのようなことを言われてしまうと、学ぶこと自体がネガティブな体験に直結してしまうからです。一時的に焦って学び始めたとしても、だんだん学びから遠ざかってしまうのです。日野田さんと真坂さんがおっしゃっているように、イキイキやワクワクを感じ、目の前の些末なことにとらわれずに学ぶことが自分の人生を豊かにするための手段であると捉えることができれば、学び続けるエネルギーが生まれ、学ぶこと自体が楽しくなります。
4 社会創発塾について
◎赤松:社会人に向けて鈴木先生が行っている社会創発塾の活動実践例について伺いたいです。
鈴木:社会創発塾は、社会人に向けて行っているのではなく、社会を面白くするために行っています。対象は社会人だけでなく学生も含まれます。
私は、1995年にすずかんゼミを作りました。27年の間、YahooやSmartNewsの社長も携わってくれました。そこで、面白い社会を面白く遊んできました。
27年間ずっと続けてきたことは、フィロソフィー・コンセプト・コンテンツ・プログラム、PCCPです。これは、どのような哲学に基づいてどのような社会的価値を作り出したいのかを徹底的に言語化するものです。言語化できないのは、インプットの経験が足りないからであり、インプットの経験を得るには旅をすればよいのです。旅と言っても、日本全国を歩くものでなくて構いません。通学路の途上でもまだ行ったことのない場所、会ったことのない人はたくさんいるはずです。PCCPは非常に上手くいっていて、教育を志す人たちにシェアしていこうということになっています。
社会創発塾の説明会では「ここに来ても何の資格も得られません。何の得にもなりません」ということを何度も言います。同時に「裸の自分になったときにどういう社会・世界・仲間を作りたいですか。そういうことは一緒にやりましょう」と伝えます。そして、その仲間たちと一緒に、色々なことをやってきたのです。
私は、1986年に社会に出ました。初めは通商産業省に入りました。当時は日本の組織は余裕があり、プロフィットに直結しないことでも若い人に色々とやらせてくれたり、無駄なことをするために無駄な時間を使わせてくれたりしました。今は残念ながら、1年間で5%以上の利益が出ないことはやらないという風になってしまっています。よって、面白いことをするという経験が極端に減ってしまっているのです。だから私は、儲かるか儲からないかはどうでもいいから、みんなの色々な力を寄せ集めてワクワクすることをしよう、と言ってきました。今までやってきたことは、そのときに私がやりたいと思ったことを他の人に声をかけて実現したものです。2012年12月24日には私が個人の名前で国立競技場を借りました。そして、野球の古田さんやレスリングの吉田さん、そして東北から中学生を呼び、リレーを行いました。そういう極めてアホなことを国立競技場でやるというのは面白いです。皆国立競技場で走ってみたいでしょう。他には、ラグビーワールドカップに関連することも行いました。日本で行われる予定だったワールドカップが、南アフリカで行われることに変更されそうだったときには、社会創発塾の明治大学ラグビー部出身の方を中心に行動を起こしました。その結果、ワールドカップ史上最高の完売率を達成しました。
私は、5年くらい前から、耕作放棄地に非常に関心があります。地元の方と塾生によって、西会津に6haの土地を得ることができました。そして、地元の方と都会の社会人とすずかんゼミの学生という、わけのわからない人たちが集まり、とにかくこの土地をなんとかしておいしいお米を作ろうという思いで動いています。この活動は1円にもなりません。このことを何度も言っているにもかかわらず、この活動をしたいという人がたくさん集まってくるので、全員に来てもらうことはできません。お金を払って田植えをしてぐちゃぐちゃになるために、2倍の倍率を勝ち抜く必要があるという面白いことが起きています。このような活動をするにあたっては、すずかんゼミの学生に大いに励まされています。彼らは自分のPCCPをしっかりと語ることができます。逆に、既に30歳を超えているような人の中にも、今までそんなこと考えたこともなかった、とにかく会社に残ること、会社で出世することしか考えていなかったという人もいます。でもその会社ももう潰れるかもしれないため、今は皆裸の状態なのです。だから、今何をやっているかということよりも、これから何をしたいのかということが重要になってきます。私も含めて皆、微力ですが無力ではありません。微力であっても多彩な魅力の人が集まると、ものすごく面白いことができるということを皆で体感できるとよいと思います。その時その時で色々なプロジェクトを行えば、わけのわからないことが起こってくる。それを目の当たりにするということが、社会創発塾がやっていることです。塾生の皆さんは本当に生き生きしています。
3 登壇者のプロフィール
日野田直彦先生
武蔵野大学中・高、武蔵野大学附属千代田高 中高学園長 千代田国際中学校 校長
帰国子女。帰国後、同志社国際中学校・高等学校に入学。同志社大学卒業後、学習塾「馬渕教室」(株式会社ウィルウェイ)に入社。2008年奈良学園登美ヶ丘中学・高校の立ち上げに携わる。2014年、大阪府の大阪府立学校校長公募に応募し、民間人校長として大阪府立箕面高等学校に着任。全国の公立学校で現役最年少(36歳)の校長として改革を推進する。着任3年目には、海外トップ大学への進学者を含め、顕著な結果を出す。2018年より武蔵野大学中学/高校の校長に着任。2020年より武蔵野大学附属千代田高の校長を兼務。2021年より両校の統括校長(中高学園長)に着任。2022年には千代田国際中学校を新設し、校長に着任予定。学校再生のプロフェッショナル。著書『 なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか! ?』。
※プロフィールは2022年5月現在のものです。
真坂淳さま
キャリア教育NPO法人 日本学生社会人ネットワーク (JSBN) 代表理事・外資系金融機関グローバルバンキング本部 マネージングディレクター・米国公認会計士
中央大学法学部卒、1990年に住友銀行(現 三井住友銀行)へ入行する。入社5年目でシンガポール支店へ赴任、さらに2年後にニューヨークへ渡り、通算11年間の海外勤務を経験する。会計や税務の本格的知識の必要性を痛感したことから、カルフォルニア州立大学通信教育課程で会計単位を取得、国際金融の最前線で働きながら3年間勉強し、2007年に米国公認会計士を取得。その後日本へ帰国。現在は外資系金融機関・グローバルバンキング本部・マネージングディレクターとして、日本を代表する企業のグローバルビジネスを様々な角度からサポートする。2012年7月、日本の若者を応援するため、キャリア教育NPO法人 日本学生社会人ネットワーク (JSBN)を創設。JSBNの先進的なキャリア教育プログラムは全国の学校で授業・公式行事として採用され、好評を博している。
トビタテ!留学JAPANの立ち上げに参画、文科省、経産省、マイナビ、学研、ベネッセ、全国の学校、教育委員会等で講演多数。現在、JSBNの活動と外資金融の二足のわらじを履いて活動している。
※プロフィールは2022年5月現在のものです。
滝川麻衣子さま
大学卒業後、産経新聞社入社。広島支局、大阪本社を経て2006年から東京本社経済部記者。ファッション、流行、金融、製造業、省庁、働き方の変革など経済ニュースを幅広く取材。2017年4月からBusiness Insider Japanの立ち上げに参画。記者・編集者、副編集長を務め、働き方や生き方をテーマに取材。さまざまな企業の取り組みや課題を取材する中で「社会人の学び」の重要性を確信し、2021年12月、スクー入社。コンテンツ部門責任者として、これからの社会で必要とされるコンテンツ制作に従事。
※プロフィールは2022年5月現在のものです。
鈴木寛先生
東京大学法学部卒業。通商産業省、慶應義塾大学助教授を経て参議院議員(12年間)。文部科学副大臣(二期)、文部科学大臣補佐官(四期)などを歴任。教育、医療、スポーツ、文化、科学技術イノベーションに関する政策づくりや各種プロデュースを中心に活動。現在、そのほかに大阪大学招聘教授(医学部)、千葉大学医学部客員教授、電通大学客員教授、福井大学客員教授、和歌山大学客員教授、神奈川県参与、神奈川県立保健福祉大学理事、OECD教育スキル局教育2030プロジェクト役員、World Economic Forum Global Future Council member, Asia Society Global Education Center Advisor, Teach for All Global board member, 日本サッカー協会理事、ユニバーサル未来推進協議会会長なども務める。
※プロフィールは2022年5月現在のものです。
赤松湖子
早稲田大学社会科学部2年/五月祭教育フォーラム学生登壇者
※プロフィールは2022年5月現在のものです。
4 編集後記
自分がどのように生きたいのか、どのような社会を望んでいるのかということを日々考えることで、より豊かな生活を送れるということがよくわかりました。これから、受け身ではなく主体的に、広く深い学びをしていきたいと思いました。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 並木未菜)
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