【基調講演(工藤勇一先生)】五月祭教育フォーラム2019『‟教育改革”のその先へ~新時代に求められる人物像とは~』

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目次

1 はじめに

本記事は、2019年5月19日に東京大学で開催された五月祭教育フォーラム2019『‟教育改革”のその先へ~新時代に求められる人物像とは~』で行われた、工藤勇一氏(千代田区立麹町中学校校長)の基調講演『学校教育の本質を問い直すー学校の当たり前をやめたー』を記事化したものです。

基調講演内で、工藤先生は学校教育の課題や目的と手段の関係性、そして今後の学校のあるべき姿についてお話しされました。

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2 基調講演

学校の当たり前をやめた

工藤先生:最近になって、自校の取り組みがメディアで注目されるようになってきました。その中で、麹町中学校だからこそできたことではないか、との批判を頂いております。今日は、「当事者意識」・「目標の合意形成」・「目的と手段」・「対話」をキーワードに、ボトムアップ式の学校運営について本質的な部分をお話しして、皆様に持ち帰って頂ければと思っています。

具体的には以下の4つのトピックで話を進めていきます。

Chapter1 学校から見える課題
Chapter2 手段が目的と化す
Chapter3 学校の目的を合意していない
Chapter4 学校をリデザインする

千代田区立麹町中学校について

工藤先生:まずは自校の紹介を致します。千代田区立麹町中学校は一等地にあります。学校周辺には国会議事堂や最高裁判所、官庁が立ち並んでいます。生徒は地元の子どもが多く、入学当初の生徒の偏差値は大体50くらいです。

最近話題になった取り組みとしては、定期テストの廃止・宿題の廃止・固定担任制の廃止・AIによる数学指導・服装頭髪指導の廃止・生徒会主催私服登校期間設定などがあります。これらの取り組みが実現できる背景には、トップダウンからボトムアップへの転換があります。教員はもちろん、時には生徒が各々のアイデアで学校改善に取り組んでいます。PTAの方も学校経営に関わっています。これが非常に重要です。

Chapter1:学校から見える課題

工藤先生:3つほどフレーズを用意しました。

「手をかければかけるほど自律できなくなり、自分がうまくいかないことを誰かのせいにするようになる」

「勝手に理想を描き勝手に不幸になっている」

「当事者意識がなく人の批判ばかりして惰性で働いている」

子どもは教員や親から手をかけられると、だんだん自分でやらないようになります。そして手をかけられるのが当たり前になり、「あの先生全然手をかけてくれない」「教え方へたくそ」「あの先生のせいで全く分からない」と文句を言い始めます。この現象は子どもだけでなく、大人でも当てはまることです。

そうした大人は勝手に理想を描いて、今の現状を卑下するようになります。例えば、「フィンランドの教育は非常に優れている」「オランダのイエナプランはすごい」などです。私は、他国と比較して今の日本の状況を悲観するよりも、今の日本の「ありのまま」を受け入れて、「何をするか」という行動に移すことが大切だと考えています。しかし、今の日本にはこれができている人は少ないと思います。

つまり、当事者意識がなく人の批判ばかりして、惰性で働いている人が多すぎるのです。このことについて、例を交えながらご説明したいと思います。今文部科学省は、子どもに生きる力を育成するために、知・徳・体をバランスよく育てるべきだと言っています。みなさんはこれが本当に正しいのか考えたことはありますか? おそらくない人がほとんどなのではないかと思います。なぜなら、この言説を当たり前だと考えているからです。結局は当たり前を疑うことから始めないと、当事者意識をもつことはできず、教育を変えていくのは非常に難しくなるのです。

Chapter2:手段が目的と化す

工藤先生:「学力をつけること」が正しいと仮定しましょう。そうするとこれが目標となり、日本全国がペーパーテストの点数を上げようと、生徒に間違えたところを繰り返させようとします。しかし、ここには大きな問題があります。学力をつけるために間違えた問題を繰り返させたとしても、自律した人間を育てることは不可能だからです。また、学力を伸ばすためにひたすら勉強時間を長く取れと学校で指導されることが多いですが、勉強時間を増やすことは本当にいいことなのでしょうか? 文部科学省は日本全国の生徒の勉強時間を調査して公表していますが、そのことに意味はあるのでしょうか? 勉強時間を増やすことが、自律した人間を育てることにつながるとは考えにくいのではないかと私は思います。この2つの例で何が言いたいかというと、目的に対して選んだ手段と、その手段を達成するために選んだ手段が結びついていないことが学校現場では多いということです。この「手段の目的化」の他の例として、宿題やノートの点検、誰も読まない作文の提出、心の教育の重視などが挙げられます。これらの目的のないただの手段は、本質的な学びに繋がらないのではないかと思います。

Chapter3:学校の目的を合意していない

工藤先生:さて、みなさんは「学校が何のためにあるのか?」と聞かれたら何と答えますか? 間違っても学校教育法に書いてあることを話してはいけませんよ。私は、社会で生きていくために必要なコミュニケーションスキルや知識を身に付けるためにあるのが学校だと思っています。そのスキルや知識をよりシステマチックにしたのが学習指導要領なのに、今の学校では学習指導要領をこなすことが目的になってしまっています。改めて学校の目的に戻って、今の時代にあった教育を考えていく必要があります。ロボットやAI技術の進展で経済構造が大きく変化していく中、子どもは将来不安定で変化の激しい社会を生きていくことになります。一つの会社に就職して定年まで勤めることなどはほぼあり得ない時代になると考えます。そこで最優先されるべきなのは「自分で考えて自分で行動できる力」のはずなのに、今の学校では「礼儀」「忍耐」「協力」が重視されすぎなのではないでしょうか。

私は、「大人って結構素敵だ!」とすべての子どもに思ってもらえるようにしたいと思っています。そのために麹町中学校では、「人のせいにすることなく自律して生きていく力」「多様性を受け入れ他者と協働できる力」を育てることを最上位目標とし、目指す生徒像(コンピテンシー)として、以下の8つの項目を掲げています。これはOECDの示すキーコンピテンシーを参考にしています。

①様々な場面で言葉や技能を使いこなす

②信頼できる知識や情報を収集し、有効に活用する

③感情をコントロールする

④見通しをもって計画的に行動する

⑤ルールを踏まえて建設的に主張する

⑥他者の立場で物事を考える

⑦目標を達成するために他者と協働する

⑧意見の対立や理解の相違を解決する

教育目標を変えられないと思っている人がいるかもしれませんが、変えられないことはありません。達成しようとしていない目標であれば、すぐに変えるべきではないかと思います。

Chapter4:学校をリデザインする

工藤先生:では学校をリデザインしていくためには何が必要なのでしょうか? 実は非常に単純で、学校全体に当事者意識を持たせればいいのです。まずは校長が変わり、次に教員を変えて、そして生徒・保護者を学校を変える当事者に変えていくということです。そして対話を通して目標の合意形成を図り手段を決定していくことが大切です。

もう少し具体的に話すと、「あなたは運動会で何が一番大切ですか?」と聞かれたら、大抵の人は「協力・団結」が大事だと答えますが、本当にそうでしょうか? 私は団結と聞くと気持ち悪かったです。改めて対話する基準を決めて、ひたすら対話をし続けて考えていくと、「運動を楽しむこと」に尽きると思います。このようにして、最上位の目標を常に考えていき、そのための手段を再設定していくことが大切です。

今後の学校のあるべき姿はどのようなものでしょうか? おそらく、今後の世の中では、一方的に情報を記憶して、ただアウトプットするだけでは社会に適応できません。これからは学習者主体で、何をどう学ぶか考えたうえでの学び合いのスタイルでないといけません。アクティブラーニング・アダプティブラーニングといった言葉がキーワードになってきますし、そのための手段としてICTが大いに貢献すると思います。

今の日本はすべての子どもに多様な教育をしようとしています。そうではなくて、多様な子どもに個別最適化した教育をしていく必要があると思います。そのような教育が社会に多様な人材を生み出していくのではないかと考えます。

3 登壇者のプロフィール

工藤勇一先生

千代田区立麹町中学校長

1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長等を経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室」とEd Tech研究会委員、文科省若手有志による「教育長・校長プラットフォーム」発起人など、公職を歴任。

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