学級崩壊という悪夢 ~どうやって立て直すのか

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作成者:matui hiroshi (Edupedia編集部)さん

現在も続く学級崩壊


1990年代後半から15年ぐらいの間に学級崩壊現象は全国の小学校で広がりました。

具体的で細かい学級崩壊への対処については、
学級崩壊にどう対処するか
に記述していますので、上記↑リンク先とその記事中のリンク先を参考にしてみて下さい。ここでは上記リンク先とは少し違った角度から学級崩壊とその対処について考えてみます。

2000年代前半は、この現象をめぐる報道がたくさん見られ、書籍も多数発売されました。小学生がここまでコントロール不能状態に陥ることは、社会にも強烈なインパクトを与えました。ところが、やや小康状態というか、(低レベルではあるけれど)平衡状態が続いている現在は、メディアとしては賞味期限切れ案件となり、報道で取り上げられることはほとんどなくなってしまいました。一昔前ほど頻発していないというだけで、いったん崩壊を起こすと、かなりの規模の人数を巻き込んで、大切な時間が失われ、心にダメージを受ける結果になることに変わりはないのに・・・
本稿では世間から忘れかけられているものの、まだまだ収まるこののない学級崩壊現象について再考してみます。下記の記事は2011年ごろに書かれたものですが、現状はさほど変わっていません。是非ご参照ください。
「学級崩壊」って何?

また、中学校の校内暴力についての記事もアップしていますのでご参照ください。
校内暴力とは何だったのか ~1980年代教育暗黒史

予兆1


1970年代前半には「仮面ライダースナック事件」が小学校で広がっており、中学校での大荒れの予兆があったと中学校校内暴力の記事に書きました。
それは小学校での大荒れの予兆でもあり、学級崩壊の芽は1970年当初からあったように思います。私は1970年代前半を小学生として過ごしました。
ルールが呑み込めないでマイペース、調子に乗って馬鹿なことをする・・・そういう類の子供は増えていたと聞きます。私たちの世代が社会に出た年に、私たちは「新人類」と呼ばれ、あまりにも社会のルールからずれていることが話題になりました。
私たちを教えた教員は戦中派~戦後派世代で、かなりの体罰を受けていたのを覚えています。髪の毛を引っ張られて毛が抜けて血がにじむほどの体罰や、いたずらをしたら授業参観の時間に見せしめで床に正座させられた覚えもあります。友達もよく殴られていました。
4年生の時の図工の先生が若く、図工の時間はかなり騒然となっていました。図工の先生が、自分の担任に「指導が鳴っていない」と子供の目の前で怒鳴られていたのも覚えています(それをやってはいけません)。
それでも、取りあえず、親が悲しむような事~人の心身を傷つける、人や社会に迷惑をかけるような行為~はしないでおこうと思っていました。私たちの2つ下の学年は中学校で校内暴力を引き起こしましたが、私たちはまだ自重することができていました。先生に手を出さないという不文律は守られていたのです。私たちの親は従軍経験はないものの、戦中派で戦争の記憶を保持しており、「お上」に逆らってはならないという価値観を有していました。
保護者の世代は、戦後より、「戦中派従軍経験あり」→「戦中派従軍体験は無し」→「戦中派ではあるが記憶ほとんど無し」→「戦後派世代(団塊世代)」→「三無主義派(ポスト団塊世代)」→「校内暴力世代(新人類・バブル世代)」→「管理強化によるいじめ世代(氷河期世代≒団塊ジュニア)」→「ゆとり世代(≒校内暴力世代ジュニア)」→「さとり世代」へと段階的に変化をしていきます。「戦中派ではあるが記憶ほとんどなし」の世代が保護者に占める割合が高くなった辺りで中学校の校内暴力が始まり、「校内暴力世代」が保護者に占める割合が高くなった辺りで小学校の学級崩壊現象が始まったといいうのが私のイメージです。
「大学紛争」→「高校紛争」→「中学校校内暴力」→「小学校高学年学級崩壊」→「小学校低学年学級崩壊(小1プロブレム)」といった学校問題に世代交代が同期しながら影響を与えているのは間違いないと思います。
※ 細かいデータに基づいているわけではないので、筆者の「イメージ」でしかありません。

予兆2


1970年代前半は、局地的には中学校で校内暴力が出始めていたと先輩教師から聞きました。しかし、小学生が学級を転覆させるような事態が頻発するなどとは想像すらできなかったと団塊世代の教員(当時若手)から聞かされました。
私は中学校の講師時代に校内暴力のすさまじさを目の当たりにし、ここで生きていくのは到底無理だと考えました。それで小学校教師になったのが平成元年の事です。荒んだ中学生に比べて小学生はなんてピュアなのだろうと驚愕した覚えがあります。しかし、小学校でも徐々に悪い方向への変化が顕著になってきます。様々な変化を感じた中でも、象徴的な変化として記憶に残っていることを挙げると・・・

【1991年】
運動会の終わりの式はいつもシーンとして誰もしゃべる者はいませんでした。儀式としてみんなで大事にしていたからです。ところが、この年の終わりの式で、団塊世代の教員1名が私に雑談を話しかけてきて、なかなかやめてくれないのに困惑していました。同時に観客席の保護者の複数(結構な数)の声もずっと聞こえていて、気がかりでなりませんでした。

【1992年】
遠足で子供からおやつをもらうのは、なんだかうれしいものです。しかしこの年は、ある子供が「先生、これ、おいしくないからあげるね」と言ってお菓子をくれました。特に冗談を言っているわけでもなさそうです。キレる子供にも初めて出会いました。いったん興奮するとなかなか気持ちが収まりません。親の様子も年々、学校応援団側からクレーマー側へと変化していきます。当時の同年代の仲間と「このままでは親の世代が校内暴力世代へと近づいていき、数年後の小学校の破綻は目に見えているのに。無策だな・・・」と、話し合っていたのを思い出します。

【1993年】
授業中、あまりにふざけているので「帰れ!!!」と怒鳴りました。そのまま帰ってしまったため、探し回ることになってしまいました。「帰れというくらい怒っているのだ」ということを示したつもりですが、そういうのはもう通用しないようです。

【1995年】
男子のリーダーが見当たらなくなってきて、正確にミッションを遂行する女子に頼らざるを得なくなってきたのを感じました。それでも、まだこの辺りで担任した子供たちには武骨な一面が残っていたのですが・・・「母と息子の関係が強まり、父親の影を感じなくなった」と書いたこの年の私のメモが残っています。「男子リーダー不在案件」は、3年後ぐらいに週刊誌「アエラ」でも取り上げられました。

【1994年】
参観日に廊下がうるさい。親が教室には入ってこないで、廊下でおしゃべりをしています。変だ。6年生の1クラスがほとんど担任の指導に従わなくなっていたのも強く印象に残っています。

【1997年】
入学式に親の茶髪が多くなったように感じたので、数えてみました。当時のメモには112人中32人とあります。茶髪率が30%に近づいてきています。ことさらに茶髪を否定するつもりはありませんが、髪を染めるのは若いヤンキーがやることだと思っていたのですが・・・
深夜番組で「学級崩壊」がドキュメント番組で取り上げられているのを見たのがこの年だったと覚えています。

そしてこの年、1997年に学級崩壊に直面しました。
保護者の世代に占める「校内暴力世代(昭和40年以降生まれ)」が徐々に増加していたのも気になっていました。きちんと計算・記録をしたわけではないですが、この年に担任した4年生の親の2割程度が昭和35年以降生まれになっていたと記憶しています。

崩壊


1997年以降の十数年は何度も学級崩壊に見舞われることになりました。自分で崩壊させたという覚えはありません。前年度に崩壊した学級・学年を「はい、どうぞ」と担任させられるか、隣のクラスや加配教員の立場で入った学級が崩壊するかのどちらかのパターンが、何度も繰り返されました。

子供たちにとっては、学校に行くことも、学習・生活上のローカルルールを守りながら成長を遂げることも、努力義務でしかありません。犯罪級の行為でない限り、唯一の法律で認められている出席停止が発動されることはありません。ローカルルールを破ったからといって学校・教師はさしたる懲戒権を発動することがありません。怒鳴られても、説教をされても、子供たちは開き直って聞き流せば、それ以上の懲戒を受けることがないのです。そのことが分かると、子供たちが一気に好き放題をし始めます。学校・教師に懲戒権がないという事情については、下記リンクに詳しく書いていますので、ご参照ください。
学校・教師と懲戒権 ~ローカルルールを守らせるという困難

小学生でも怖いものなしでやりたい放題を始めると、ここまで心がすさんでいくものかと、暗澹たる気持ちになります。

■暴言■暴力■いじめ■ローカルルールの無視■積極的指導不服従■消極的指導不服従(筆者造語)■親からの際限のないクレーム■学力の崩壊■生活力の崩壊■不登校・・・

誰かが炎上(学級崩壊)させてしまうと、少なからず他の学級への延焼が起こります。その学年は何年も尾を引いてダメージを受けるというパターンが続きます。学年に留まらず、学校全体が崩壊状態に陥るケースもよく見聞きしました。
もう少し具体例を書くと・・・

■かまってほしいのか、立ち歩いては友達にちょっかいを出す。奇声を発する、音を鳴らすなど、注目を浴びようとする。叱ればいじけるし、かまえば鬱陶しがる。

■小学校1年生、20人のクラスで崩壊、ベテラン女性教諭に対して後ろから蹴りを入れる。授業中に廊下に出て行って友達と戯れ、寝そべる。

■授業中に全く教師の話を聞かずに喋る、遊ぶ。トイレに行きたい、鉛筆を削りたい、ロッカーの中に物を取りに行きたい、喉が渇くので水分補給したい、等々理由をつけては立ち歩く。すぐに不調を訴えて保健室に行くなど、逃避行動を繰り返す。教師に対して特に強く反抗をしないが指導や指示が全く通らない。(消極的指導不服従)

■授業が始まっても教科書を出さない子供を強く叱責すると、次の日、保護者から子供が心に傷を負って学校に行きたくないと言っているとのクレーム。担任は子供に謝罪。その次の日からその子供を中心に開き直ってローカルルールを堂々と無視する者数名。他にも彼らに追随する層、彼らを支持する層が増えていき、クラスは一気に機能不全に。・・・ルールを守らず開き直る。指導不服従。表面的にうまくいっているように見えても、担任の学級経営に対する不満が募っている場合、崩壊への加速度は大きくなる。最初の1名がどんどん周囲を巻き込むこのパターンは典型的。ローカルルールが一気に無効化していく。

■低学年から続く学力崩壊のため、5年生になっても半数以上の児童が4年生レベルの漢字を読めない。3年生の漢字が書けない。割合の問題を解こうとしても計算ができない。学習に向かうモチベーションは下がり、最初からあきらめており、理解をする気持ちがない。授業の成立が困難になると、学級崩壊は加速する。

■授業中に物を投げる。教師が黒板の方を向いたとたんに、誰が投げたかわからないように教師の背中に物を投げるゲームが流行る。給食時に食べ物が教室の中を飛び交う。

■長引くいじめ。被害者に寄り添った担任もいじめの対象にされて孤立。担任が被害者とともに毎日陰湿で執拗ないじめにあう。

■掃除のひとつもできない6年生。何とか箒を持たせて清掃場所に留まらせても教師が手伝わなければゴミを一カ所に集めることさえできない。そのごみを誰が捨てに行くのか、自分たちでジャンケンをする事さえできない。

■放課後のゲームやカードの貸し借りトラブルで友人関係が悪化、保護者同士も険悪に。怒りの矛先が担任にも向けられ、対処が悪いことを連日責められる。当事者はもちろん、ゲーム仲間の数名も巻き込んで担任への不信感を示し始める。うろたえる担任を見て、クラス全体の雰囲気がどんどんおかしくなっていき、・・・。

■学級崩壊の状況に対する保護者の抗議が厳しく、担任が休職して交代したが、後任の講師の教員もその後任も事態を改善できず、最終的に教頭が担任を兼任して対応し、這う這うの体で卒業式まで持ちこたえた。

世間一般からすると、小学生ごときに何故そこまでやられてしまうのか、不思議に思うでしょう。しかし実際その渦中に入ってみると、根本的なルール(例:人に迷惑をかけない)も、ローカルルール(例:掃除の時は協力してゴミを掃いて一カ所に集めましょう)も、守るつもりが全くないMAX40名の子供たちは恐怖です。束になって「崩壊へと向かう負のエネルギー」を放ってきます。話してみても目は虚ろで焦点が合いません。一つ一つを立て直し、信頼関係を築き直し、健全化させていくにはたいへんな根気と技術と時間とエネルギーが必要になるのです。

実情が把握できていない


実は学級崩壊という言葉は公式には使われていません。公式にはこのセンセーショナルな表現は避けられており、国立教育政策研究所によって「学級がうまく機能しない状況」と表現されているからです。「子供たちが教室内で勝手な行動をして教師の指導に従わず、授業が成立しないなど、集団教育という学校の機能が成立しない学級の状況が一定期間継続し、学級担任による通常の手法では問題解決ができない状態に立ち至っている場合」と、国立教育政策研究所は定義しています。この定義はとてもあいまいで、そのせいで学級崩壊の実情を示すデータはなかなか見つかりません(どこかにあるのでしょうか??)。定義を「担当以外の教員の介入が必要になった状態(≒ワンオペ不可能)の期間の測定」程度にしておけば、簡単にカウントできるのではないかと思うのですが・・・?
きちんと定義・調査をしないことによって実情が把握されず、結果的に対応が現場に丸投げされることになってしまっています。1校で複数の学級崩壊や1か月以上の崩壊状態の継続が起こるようであれば、人的な支援を行う等、行政側が対策を打ち出してくれないと、どんどん傷は広がり深くなってゆきます。

少しは学級崩壊への対応ができるようになってきた


それでも、一時期(2000年代)に比べれば、学級崩壊の件数はずいぶん減ってきているように思います(客観的なデータがないので、私が見聞できる範囲での個人的な感覚です)。
2000年代は子供や保護者が急激に変貌していったために対応ができず、多くの学校が学級崩壊の波に飲み込まれてしまいました。この期間を経て、、一通りの教員が学級崩壊現象を経験し、予防や対処に慣れてきたことで、2010年代はやや小康状態・平衡状態を保っているのではないでしょうか。先輩方を批判するようで申し訳ないですが、頑固でやり方を変えられない団塊~1950年代生まれの世代が退職したのも、大きいと思います。管理職もその世代が退職し、ほぼ学級崩壊に直面した世代に入れ替わったために、なんとか対処ができ始めてきているのでしょう。学級崩壊現象が始まった当時の管理職は、学級崩壊現象に直面した経験がないので、過去の自分を美化して、「俺は崩壊させたことなんてない。崩壊させるのは担任の力不足だ。」とばかりに、他人事で済ませようとしていた人が多かったです。今や学級崩壊は管理職や教育委員会も巻き込んで、深刻な事案に発展することが分かっているので、管理職も少しは真剣に対処を考えるようになりました。
現在の教員がダメだから、学級崩壊が収まらないというような批判をよく見かけますが、それは少し違うと思います。30年前の職員室が現在にタイムスリップして今の子供たちに授業・指導をしたならば、あっという間に学級崩壊・学校崩壊を引き起こすでしょう。現在の教師は少しずつアップデートができています。学級崩壊に陥って泣いている後輩教員には、「大丈夫、俺たちは進化している、頑張っているよ!」と声をかけるようにしています。
しかし、残念なことに、保護者・子供の変化にはついていけていないというのが現状でしょう。

小学校の学級崩壊と中学校の校内暴力


以下は学級崩壊への大枠の対処について考えてみます。

中学校は1980年代に校内暴力で荒れまくり、教師が生命の危機すら感じる現場になってしまっていました。その1980年代に学校を荒らしていた世代が保護者として再び小学校で学級崩壊現象を引き起こしたと考えていいと思います。前述したように、急激に世代交代した子供が保護者の年齢になって、さらに子供の世代交代を促進させたのでしょう。保護者と子供で同時に急激な世代交代が起こり、それに旧態依然とした学校現場が追い付けずに混乱しているのです。

ところが、小学校で学級崩壊現象が頻発していた2000年代に、中学校で再び校内暴力が頻発していたのかというと、私の見聞する限り、そうでもありませんでした。これは注目に値します。小学校でどうにもならなかった6年生を中学校に何度も送り出したのですが(中学校には申し訳ない)、中学校で小学校より悪化して荒れ続けたケースはほとんど知りません。

これについて、3つの理由を考えました。

【理由①:経験】
小学校に比べて中学校は危機意識が高い。1980年代の校内暴力を経験している世代が2000年代にはベテランとなっていましたし、校内暴力鎮静化後も決して安穏としていられる状況はなく、崩壊ギリギリの線で踏みとどまってきた経験があります。雲行きが怪しくなる前に予防的な生徒指導を打ってきたし、怪しくなった場合の対処も素早く効果的なことができるのだと思います。(※※中学校の「荒れに対する対処」が管理的で保守的な価値観の下で行われているという批判があることについてはここでは触れないでおきます)
それに対して、小学校教員に「小学生ぐらい脅しておけば何とかなる」「洗脳してしまえば言うことを聞く」「力不足の教員が崩壊を招いているだけで、俺は大丈夫」という楽観的な思考回路があったのは否めないと思います。小学校はアップデートが遅れたのです。

【理由②:専科制と持ち上がり原則】
中学校は校内暴力を抑える過程で、チームで荒れに対処をするノウハウを身につけていました。私は元中学校教員だったので、バラバラな動きで対処していた校内暴力時代に比較にならないほど現在は組織力が高まっていることには驚かされます。中学校は専科制であるために、「問題の発見→情報の共有→対応」が素早く、決して他人事にはしません。他人事にしてしまえば力のない教員が炎上をし始め、みるみる延焼を起こし、結局は自分の所に被害が及ぶことが目に見えているからです。校内暴力時代に逆戻りする恐怖は、小学校の比ではありません。中学校教師にとって荒れは必ず「自分事」なのです。
それに比べて小学校の教員の荒れに対する「他人事」な様子は、残念感が満載です。少しはましになったものの、今でもそうです。隣のクラスが荒れていても自分のクラスさえ上手くいっていれば知らぬ顔。管理職も「担任の力不足。自分で尻をぬぐえ。」とばかりに支援をする気がありません。小学校担任は、若くても、講師でも、力がなくても、「基本ワンオペ設定」なのです。中学校では、スタッフはチームと同じ年度に入学した生徒を持ち上がって担当するのが原則ですが、小学校にその原則はありません。「少々荒れても、1年経てば担任が入れ替わるから解決するかも」という油断も事態を悪化させる要因です。高学年が荒れてきた時に、「私が○年生であの子たちを担任していたときは、あんなに酷くなかった。(≒6年生の担任の力不足のせいだ)」と言う教員が必ずいるのは、「小学校あるある」です。6年生の姿はそれまで自分たちの学校の体制の下で6年間育ててきた結果であると考えるべきなのに・・・。

【理由③:余裕がない】
若い教員・学級経営が苦手な教員を担任から外すことのできる中学校と違って、若くてもいきなりベテランと同等の複数の教科指導や学級経営を求められます。前述したように、基本「ワンオペ」なのです。学級数に対する教員の数は、3クラスの場合、中学校28人に対し小学校は20.6人です。6年なら最大「国算理社英総学道音図家体」の12教科です。中学校が3年間分の自分の教科の指導法を固めてしまえばその後はずっと積み上げができるし、3年の縦のつながりを理解できるのに比べて、小学校は1~6年生すべてを受け持つのに最低6年かかり、順番もバラバラなため、教科の縦のつながりを理解するのに時間がかかります。縦のつながりが理解できていない教師集団は落ちこぼしを生み出してしまいます。学力不振児童が学級を荒らす引き金となるパターンは多いです。例えば、「3年:あまりのある割り算2桁÷1桁」が習熟できていないと「5年:小数÷小数」はかなりの苦行となってしまいます。こうした縦の因果関係が分かっていないと無責任になりがちだし、対応ができずに取りこぼしが発生しやすくなるのです。

小学校でも教科担任制の導入を!


まず、小学校のワンオペ状態を何とかしなくてはなりません。小学校教員はよく「学級王国」と担任の唯我独尊ぶりを揶揄されていましたが、同時に孤立無援となってしまう危機にさらされやすい構造でもあるのです。学級・学年が不味い状態になっていることを検知できず、気が付いたときにはもう相当な崩壊が進んでいるケースはたくさん見てきました。また、検知をしても周囲がそれを支援することなく、「学級崩壊は担任の力不足」と切り捨てて放置したために状況がさらに悪化してしまったという間違った対処も見られがちです。
ワンオペ状態であるために、保護者は1年を左右する担任の力量に対して過敏になります。保護者はSNSでつながっており、始業式の日に担任発表の情報がすぐに回され、「ハズレー」「残念!」等、ネガティブな発信がいきなり飛び交っているという話を聞かされました(確かに担任の力量の差はありますが・・・)。保護者の情報網には始業式後もネガティブ情報が流れ、「外れの担任」を追い込みます。
私は教科担任制を進めるべきだと思います。

① 保護者の「当たり外れ感」を中和する。
② 担任の授業研究・準備の負担を軽減して充実した授業を行う。
③ 多くの目で見て荒れを検知する。
④ 荒れに対してチームで予防的な措置や素早い対応を行う。
⑤ 多くの学年スタッフが接する中で、不適応を起こしている児童が相性のよいスタッフに救われる。

等、良い点がたくさんあります。
多くの小学校は前例踏襲主義に陥っており、この教科担任制改革に対して二の足を踏んでいるのが現状です。「時間割の編成が難しい」「全教科を経験しないと教師が育たない」「子供の成長には担任との濃厚な関係が必要」「子供にとっては担任の一貫した指導が大切」「学年スタッフ間でローカルルールの調整が難しい」等々、できない理由を並べ立てます。ではせめて、2クラス間の「国語と算数」「理科と社会」「道徳」の交換ぐらいはやってみればどうなのでしょうか。
具体的なことは下記リンク先に書いていますのでご参照ください。
小学校での教科担任制

学級の解体


教科担任制の導入だけではありません。千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長は学級担任制をなくし、学年スタッフ全員で子供たちを育てるという制度を取り入れています。


小学校でも担任制の廃止は十分に可能だと思います。
何ならクラス編成を流動化させてクラスという観念も薄めてしまうのも良いと思います。
クラスという濃密な人間関係の中でこそ磨かれる人間関係(一致団結!)もあるかもしれません。しかし、濃密な人間関係が産み出すヒエラルキーやいじめといった問題によるダメージの大きさも考えれば、今の仕組みを変えてしまってもいいのでは。クラスを暫定的な学習組織と見なして組み換え可能にしておけば、いじめの加害者と被害者を引き離す措置も可能になります。クラスをなくしてしまえば、習熟度別指導や別室指導の設定がやりやすくなります。

学級という閉鎖的な社会の中で「みんな仲良く」「一致団結」という従来の目標を掲げる事には限界があります。これを脱して、「苦手な人との距離の取り方を覚える」「自立&自律した強い個人の集まり」という方向を目指した方が良いと思います。

回復へ


重くて長い記事になってしまいました。
校内暴力から数えれば、40年近く(現在2019年)が経とうとしています。現在の小学生の保護者の層は「氷河期世代」から「ゆとり世代」へと変化をしてゆくところです。世代交代による保護者・子供のモラルの低下はほぼ底を打ったのではないかと感じています。これ以上は悪くならないのではないかという事です。
業務改善を進めて制度疲労を脱却し、「子供を伸ばす」という一点に目的を絞ってチームで取り組めば、回復の兆しは見えてくると思います。学級担任ワンオペという「点」ではなく、学年団という「線」、学校という「面」で対応することが肝心です。(その際、共通理解の作業を通してローカルルールが厳しく、多く、細かくなりがちです。そうならないよう気をつけなくてはなりません。)

「今日も1日、成長したな、楽しかったな。」
と、子供に思わせて下校させることができるかどうかが勝負の分かれ目だと思います。私たちの仕事は「子供を伸ばす」ことであり、そこを見失いがちになってしまうと、荒れが広がる原因となります。子供を伸ばしてこそ保護者も学校を信頼するようになります。

学校がチームとして基礎学力の向上を目指し、学力保障(弱者の救済)を優先課題とすることが学級崩壊を立て直す大きな力になると私は信じています。
学力保障 ~学校の荒れを防ぐための最優先事項

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