1 はじめに
本記事は、2018年5月20日に東京大学で開催された五月祭教育フォーラム2018『ブラック化する学校~多忙化の影に潜むものとは~』内で行われた、妹尾昌俊先生の基調講演、『本気で進める学校の働き方改革』を記事化したものです。
基調講演内で、妹尾先生は教員の働き方の現状と、教員の多忙化問題への解決策についてお話されました。
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【五月祭教育フォーラム2018】「教員の多忙化」記事特集ページ
2 基調講演
◯教育現場の現状とは
教員は本当にやりがいがあって魅力的である一方、非常に忙しく働きづらいという一面もあります。下図からも読み取れるように、小学校・中学校には過労死ラインを越えている教員も多く、非常に深刻な問題となっています。今や、教員の仕事は民間企業以上にブラックだということが明らかになりつつあります。
◯ 忙しさの原因とは
何故、ここまで教員は忙しいのかということを質問されることがよくあります。
忙しい原因は複合的な要因がミックスされているのですが、そのうちの二つを紹介したいと思います。
1.保護者、教育行政などが学校に様々なことを期待しすぎている
忙しい理由の一つ目は、保護者や、政治家、教育行政が学校に様々なことを期待しすぎているというものです。この結果、様々な役割が学校に求められています。
以前、和田中学校にいらっしゃった藤原和博さんが執筆された『負ける力』(2013)という本の中では、〇〇教育といった外国語教育(小学校)、プログラミング教育、領土教育、道徳教育などが今もなお増加しており、これらは一人の人間が担うこととして明らかに無理があるのではないかと藤原さんは主張されています。この主張のようにマルチタスクな仕事がどんどんどんどん学校に、あるいは一教員に降りかかっているという現状は、教員が忙しいという問題の一つの大きな背景ではないのでしょうか。
2.学校内でのスクラップ・アンド・ビルドが上手く行われていない
1で挙げたように、外から様々な仕事をお願いされ仕事が増えているだけでなく、同時に学校の中でもどんどん仕事は増えています。
-スクラップ・アンド・ビルドとは
企業内ではスクラップ・アンド・ビルドという、何かを新規に始めるには何かをやめなくてはいけない、つまりビルドするにはスクラップをしなくてはいけないという考えがあります。
-学校内における問題点
しかし、学校はスクラップ・アンド・ビルドがとても苦手です。新たな取り組みを外や内からの要望で増やしていく一方で、今まで行ってきた物事をやめることが苦手な傾向があります。従って、どんどん仕事が増えていってしまっています。
-実際の教育現場での事例
実際に教育現場でも、「〇〇の行事を縮小しましょう」といった意見を職員室で提案する教員がいても、保護者の方やOBなどから批判される前に、職員室で「そんなの楽しみにしている児童・生徒が可哀想ですよ」、「やらないよりはやったほうが絶対いいと思います」という他の教員からの反論が起きることがあります。校長としては、そういった批判もあって行事や部活動を縮小できないという事例が多々見られます。
伝統・慣例・文化など様々な事情はあるとは思いますが、今まで子どもたちのために良かれと思ってどんどん仕事を増やしてきた傾向を見直すことも必要ではないのでしょうか。
◯働き方改革を行うにあたって学校に本当に必要なものとは
学校に必要なのは、本当に教員の意識改革やタイムマネジメント研修なのでしょうか。
これが必要だとしても、抽象的な掛け声だけでは不十分です。真に必要だと思うものを2点紹介したいと思います。
1.時間対効果・生産性を意識する
もちろん、教育というのは生産性や効率性だけでは割り切れないことも多いです。典型的には学習障がいをもつ子への支援は、多くの教員数と時間を要しますが、とても大切なことです。とはいえ、あらゆる教育活動について、かけている時間に対する効果や生産性意識があまりにも低いのであれば何らかの対応が必要ではないでしょうか。
子どものためになるという教育効果ばかりに注目するのではなく、生産性や時間対効果を教員自身が、そして校長、教育行政、あるいは保護者もより意識するべきではないでしょうか。
2.様々な立場の意見を取りこぼさないようにする
わたしが校長会や教育委員会で働き方改革について研修をするとき、「みなさんは長時間労働に耐えてこられた人たちであり、そのぶん、考え方がいくぶん偏っていますよ」、と申し上げています。校長や教育委員会幹部の中には、途中で教職をやめた人や、やめようかと悩んでいる人が含まれる可能性は低いと考えられます。そのため長時間労働で悩んでいる人の気持ちや、途中で教職をやめた、あるいはやめようかというような人たちの声はともすれば届きにくくなってしまいます。
従って、校長や教育委員会の方々が様々な人の話に耳を傾けるということは非常に大切です。とりわけ、養護教諭や学校事務職員からは、一般の教諭の視点とはちがった気づきや情報を得られます。学習指導要領で主体的で対話的で深い学びと言いますが、まずは教職員の間で主体的、対話的になってもらいたいと思います。
◯ 忙しい学校をどのようにしていけば良いか
-誤った働き方改革によって悪循環が起きていませんか
あなたの働く学校では、以下のような悪循環は生まれていないでしょうか。
もちろん早く帰るということは非常に重要なことですが、教員が抱えている仕事量や置かれている環境などを十分に考えた上でないと、どんどん自宅残業が増え、教員のモチベーションの低下につながることがあります。このような状況下で、人手不足などによる一人の負担が多いにも関わらず何も対策のないまま早く帰ることばかりを強いると、こうした悪循環が生み出されてしまう可能性があるかもしれません。
-教師の命を救う働き方改革
このような悪循環を生み出してしまう教育改革は本当に適切な改革と言えるでしょうか。より好循環な教育改革を行い、何のための教育改革であるか腑に落としていかなくてはいけないと思います。
働き方改革は紛れもなく「教師の命を救おうプロジェクト」であるのではないでしょうか。健康やメンタル面で苦しんでいる方は多いです。健康をよくすること、命を守ることは大切です。
-教師の引き出しを増やす働き方改革
会場のみなさんにとって、今まで中学校や高校で、よく覚えている先生だとかこの先生はよかったという先生は、どんな方でしょうか。たいがい雑談が面白かったのではないでしょうか。
雑談が面白いというのは、持っている引き出しが多いということです。教員自身がもっと生活に余裕を持ち、旅行に行ったり、趣味を楽しんだり、教育フォーラムなどに参加したりすることでより自分の人生を楽しむことが大切です。、そうしたことを通じて、自身の引き出しがより豊かになり、それが授業等にも活きてくるのではないでしょうか。学校の働き方改革とは、こういった人生を楽しむ教員がもっともっと増えていってほしい、というものでもあるのです。
ですから、必ずしもブラック化している学校をどうしようといったネガティブな話だけでなく、働き方改革を通して引き出しの多く面白い教員を増やしましょうといったポジティブなプロジェクトにすることで何のための改革かということを明確にし、学校ごとにビジョンを作り、優先度の高いものをもっと伸ばすことができます。
◯働き方改革を成功させるために
-優先順位をつける
教員の仕事は、must・better・no needの三種類に分類できると考えます。
【Must】
やらなくてはいけないことです。例えば、学校の中でいじめが起きたとしたら、教員は忙しくても児童・生徒たちを守らなくてはいけません。あるいは必要最低限の授業準備をしっかりやることなども当てはまります。
【Better】
子どもたちのためにやった方がいい、教育効果があるもので、多くの業務が当てはまります。例えば、部活動や補習といったものが挙げられます。しかし、これらは法令や学習指導要領でmustなものとはされていません。時間的な制約と人的な制約がある中でbetterなことをどこまでやって、どこからはやらないかに関しては、優先順位を付けていかないといけません。
【No need】
教育効果がほとんどなく、行う必要性が相当低いものです。
-多忙の内訳を見よ
よく先生方は「忙しい、忙しい」と言いますが、「では、どんなことにどのくらいの時間をかけていますか」と聞くと、しっかり答えられない、客観的なデータでは語れない人が少なくありません。国の教員勤務実態調査によると、小中学校の教員の仕事のうち、1日に占める時間が多いのは、授業準備、成績処理、学校行事、給食等です。これらの中にはBetterに当てはまる業務が相当含まれているかもしれません。たとえば、きめ細かに宿題を添削することは、一定の教育効果はありますが、過労死ラインを超えて健康を害するほどの長時間労働でやるほどではない、と思います。
このように、中教審としても教員の手から話せるものは離そうという方針を打ち出していますが、必ずしも教員が担う必要のない業務を外部に委託し、それ以外のものも教員同士で他のスタッフと分担していくということは非常に重要なことです。
◯ 学校の本当の魅力とは
行事の見直しや部活動改革等を行っていくことで学校の特色がなくなり魅力が下がってしまうのではないかといった懸念をされる方もいます。
しかし、本当の学校の魅力というのは、部活動であったり補習が手厚いといったことなのでしょうか。部活動で特色を出したい学校は、体育や芸術などの授業で特色を出せば良いのではないでしょうか。
わたしがNPOの立場から企画・コーディネートしている「市ケ尾ユースプロジェクト」では、市立市ケ尾中学校と県立市ケ尾高校が地域と連携し、地域の人材と共に子ども達がまちの活性化や魅力アップに取り組んでいます。部活の顧問や担任以外の色々な大人と高校生が関わり、そうした中で、多様な人と話せるようになっていったりだとか、地域課題に目を向けるようになったり、自分が高齢者や地域の方の役に立てたというような実感を得たりしています。昨年1年で生徒たちは大きな成長を見せています。しかも行政やNPOが関わることで、なるべく教師の負担増を抑えています。働き方改革を行いつつ、このような魅力的な教育活動に取り組む学校を増やしたい、とわたしは考えています。
3 登壇者のプロフィール
妹尾昌俊先生
徳島県出身。京都大学大学院修了後、2004年から野村総合研究所にて学校や行政のマネジメント改革、戦略づくりなどに従事。
2016年に独立。文科省や全国各地の教育委員会、校長会等で学校マネジメント、働き方改革、地域協働などをテーマに研修やワークショップを行っている。
2017年からは学校業務改善アドバイザー(文科省委嘱、埼玉県、香川県、横浜市等多数)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン作成検討会議」委員、NPO法人まちと学校のみらい理事としても多方面で活動している。
著書に、『変わる学校、変わらない学校ー学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道』、『「先生が忙しすぎる」をあきらめない—半径3mからの本気の学校改善 』、『思いのない学校、思いだけの学校、思いを実現する学校』ほか。(2018年9月15日現在のものです。)
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