1 はじめに
子どもの成長と先生自身の時間、あなたにとって大事なのはどちらですか?
この記事は、2019年3月26日に陰山式スコーラ京都教室で開催されたイベント「こんな先生もいるぞスペシャル」(主催:EDUPEDIA 共催:徹底反復研究会)における坂本良晶先生(小学校教員)の講演録です。坂本先生は、「教育の生産性向上」に関する発信を積極的に行っておられます。今回は、マインドセットを変えること、リソースを最適に配分すること、必然性をつくり出すことなどといった、教育の生産性を向上させるための方法を具体的にお話しいただきました。子どもの成長も先生自身の時間もどちらも大事にしたい先生方、ぜひご一読ください。
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<「こんな先生もいるぞスペシャル」関連記事>
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<坂本良晶先生についての関連記事>
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☆坂本良晶氏講演録 〜学校をティール化していこう〜 【関西教育フォーラム2018】
2 教育の生産性とは
これから私は、教育の生産性を上げるための改革についてお話ししようと思います。
生産性とは「アウトプット/インプット」つまり「成果/時間」のことです。生産性を上げるには、インプットを減らすか、アウトプットを増やすかのどちらかが必要です。これを教育の生産性の話に当てはめて考えると、分母が教師の時間、分子が子どもの成長にあたります。つまり、働く時間を減らしつつ子どもの成長を増やしていこうというマインドを持つことが重要だと思っています。
現場ではとにかく量的に頑張ることが多いです。そうではなく、質的なアプローチで教育をよくしていくことが、教育の生産性向上にとって重要なのではないかと思っています。
3 教育の生産性が低くなる二つの理由
では、どうして教育の生産性を向上させなければならないのでしょうか。日本の教育の生産性が低くなっている原因としては、ある二つのマインドが関係していると考えています。
まず、前提として確認しておきます。PISAの調査によると、日本の子どもの成績はトップクラスです。ところが、OECD加盟国の中では、日本の教員の労働時間はとびぬけて長いのです。つまり、日本の教育は成果を出しているけれども、時間をかけすぎているということです。
参考:TALIS日本版報告書「2013年調査結果の要約」pp.23-24
この原因は二つ考えられます。一つ目は、「おもてなしの心」です。おもてなしとは、コストは度外視して、やったほうがよいことはすべてやろうというマインドです。たとえば、教員の研究会でも、お茶やコーヒーを用意したり、お花を生けたりと、本質から離れていってしまっています。このような過剰なおもてなしの精神が生産性を低めているのではないでしょうか。
もう一つの原因は、「武士道精神」です。武士道とは、礼儀、しきたりなどを必要以上に重要視し、本質的な戦に至るまでやたらと時間をかけてしまうというマインドです。研究会でも同じなのですが、はじめにたくさんの人が挨拶をするばかりで、なかなか本質にたどり着かないということがあります。このような「おもてなしの心」も「武士道精神」も大事ですが、アップデートしていかないといけないと感じています。
このような原因を踏まえて、これから教育の生産性を上げるための具体的な方策をお話ししていこうと思います。
4 教育の生産性を向上させる方法とは
〇教育の生産性向上の鍵① マインドセットを変える
教育の生産性を上げるためにまず大事なことは、マインドセットを変えることです。では具体的にどのようなマインドに転換すればよいかというと、「エッセンシャル思考」を取り入れることが必要です。「エッセンシャル思考」とは99%の無駄を捨てて1%に集中すること、つまり最小の時間を費やし最大の成果を得るという考え方です。今教員の脳内に入っている「美徳」を除去し、そのうえで脳内に「エッセンシャル思考」をインストールすることが重要です。
そこで、まずは「非エッセンシャル思考」の特徴と、それをどのように「エッセンシャル思考」へ転換させるべきかをお話しします。
◆非エッセンシャル思考の特徴① とにかく長時間頑張る
×とにかく長時間頑張る
〇より少なく、しかしよりよく
非エッセンシャル思考の特徴の一つ目は「とにかく長時間頑張る」ことです。しかし、時間に比例して子どもが伸びるという発想を逆転させて、「より少なく、しかしよりよく」というエッセンシャル思考、つまり、使う時間を減らしつつそのまま成果を伸ばすという、一見矛盾したことを目指すことが、教育の生産性向上のためには必要になります。
◆非エッセンシャル思考の特徴② 全部頑張る
×全部頑張る
〇「選ぶ」ことを選ぶ
非エッセンシャル思考の特徴の二つ目は、とにかく目の前の仕事を「全部頑張る」ことです。そうではなく、子どもを伸ばすために本当に大事な仕事だけを選んで、そこにエネルギーを注いでいこうと考えるのがエッセンシャル思考です。つまり、教育の生産性を上げるためには、「選ぶ」ことを選ぶということが重要です。
◆非エッセンシャル思考の特徴③ みんなの声を聞く
×みんなの声を聞く
〇ノイズを除去する
非エッセンシャル思考の特徴の三つ目は、「みんなの声を聞く」ということです。しかし、みんなの声を全て聞くことよりも、本当に重要な部分を選択して聞き入れることが重要です。実際に、野球選手のイチローも、いろいろなコーチから指示を受けましたが、ほとんど無視したのだそうです。そして、自分の信頼するコーチの話に耳を傾け、それを大事にしていたという例があります。このように、全てを取り入れるのではなく重要な部分だけを取り入れるという「ノイズを除去する」ことが教育の生産性向上にとって重要です。
◆非エッセンシャル思考の特徴④ 万能プレイヤーであれ
×万能プレイヤーであれ
〇トレードオフ
非エッセンシャル思考の特徴の四つ目は、「万能プレイヤーであれ」ということです。カリモクという家具の企業の「ソファーベッドはだめ」という言葉が私は印象に残っています。ソファーベッドは、最高のソファーの座り心地にも、最高のベッドの寝心地にもかないません。これはつまり「トレードオフ」と同じことです。両立不能なことというのは存在します。実際に教員を見ても、国語と算数のプロはいません。したがって、キャリアアップの際には自分の武器を一つ尖らせることが重要だと感じています。
〇教育の生産性向上の鍵② リソースを最適に配分する
では、教育の生産性を上げるためには何をすればよいのでしょうか。ここで重要となるのは「選択と集中」です。本当に必要な業務を選択し、そこにエネルギーを集中させていく必要があるのです。
◆生産性のやかん
学校における「リソース」とは、時間とお金、そして人的リソースです。これを最適に配分して、最高の結果を出していく必要があります。
最適にリソースを配分することの重要性を示すために、「生産性のやかん」の例をご紹介します。朝学校に出勤すると、8時間分の水が蛇口からやかんに入れられると考えてください。そして、そのやかんから目の前のお仕事コップに水を注いでいきます。ここで間違えてはいけないのは、やかんの中の水の量では、すべてのコップを充たすのは不可能ということです。したがって、重要度に応じて適正に配分していくことが必要になります。こうして、5時になった時点で水が空っぽになり帰宅できることが理想形です。
◆生産性マトリクス
次に、「生産性マトリクス」というマトリクスをご紹介します。このマトリクスは、教師の業務を本質的重要度・仕事のデキによって分類して示したものです。このマトリクスに従って業務に割くリソースを配分することが、教育の生産性を上げるためには重要となります。
〇Aゾーン「完成思考ゾーン」
Aゾーンは最も重要な業務である「完成思考ゾーン」です。ここに入るべきなのは、まずは学力向上です。ここに「授業」とは入れないのがポイントです。授業はあくまで手段であるはずなのに、いつしかそこが目的化してしまうことがあります。しかし、ただ授業に時間を使えばよいのではなく、学力を上げるための授業を行うことが重要です。また、学力向上のほかに、学級経営や業務改善もこのAゾーンに入ります。
〇Bゾーン「マストゾーン」
Bゾーンは「マストゾーン」です。ここは厄介な部分で、本質的重要度が高いうえに行わなければならない業務と、本質的重要度が低いけれども行わなければならない業務の二つがあります。たとえば、新学期準備の時期にはさまざまな提案書や計画書を作成しなければならないことがあります。こうした仕事は後者にあたり、とりあえずこなせばよいのです。それに対して、前者にあたる本質的重要度の高い業務に関しては、それなりのエネルギーを注いでいかねばなりません。ここにねじれが発生し、本質的重要度の低い仕事にまどわされ時間を費やすことがあるので、注意して見分ける必要があります。
〇Cゾーン「自己満足ゾーン」
Cゾーンは「自己満足ゾーン」です。ここに分類される業務は、本質的重要度が高いわけではありませんが、ついついデキを高くしてしまうのです。したがって、ここに時間を費やすべきではないので、そもそも行わないということが重要です。コップに水は注がなくてよいのです。先ほど述べた「おもてなし精神」がここにあたるかもしれませんね。
〇Dゾーン「完了思考ゾーン」
Dゾーンは「完了思考ゾーン」であり、とりあえず行えばよいという重要度の低い業務です。コップに注ぐ水は少しでよいのです。
全ての仕事の質を上げようとするアプローチは不可能です。そういったアプローチで仕事をしようとするのはやめましょう。量的な働き方から質的な働き方へ変えていくことで、教育の生産性を向上させる、つまり最小の時間で最大の成果を上げることが可能になるのです。
〇教育の生産性向上の鍵③ 必然性をつくり出す(ネセシティドリブン)
続いて、「ネセシティドリブン」という話に移ります。
「この女の子はなぜ走り出したでしょう? 10秒のシンキングタイム後、ランダムに当てます」
誰かに突然こんな質問を投げかけられたとしたら、あなたの脳はこの10秒間没頭していたはずです。
ここから何が言いたかったかというと、「必然性にかられ脳が走り出す」という考えを利用できないかということです。没頭というのは何か一つを考えることにばかり集中するということです。そして、必然性が生まれるのは「当てられる」からです。このような必然性を子どもに与えることが、教育の生産性を高めるために重要だと考えています。つまり、子どもの本能である「~たい」を泳がせるのです。
◆生産性向上につながる五つの本能
「~たい」という子どもの本能には、競争本能、成長本能、承認本能、母性本能、自立本能などが挙げられます。
たとえば、百マス計算で友だちに「勝ちたい」と思わせられたら、それは子どもの競争本能を刺激しているということです。また、竹取物語の暗唱をするとしたら、レベルを設定しておき、昨日よりも「レベルアップしたい」という成長本能を刺激することができるでしょう。また、難しい漢字を「書ける!」と言ってくる子どもは、「認められたい」という承認本能を示しているのです。さらには、たとえば女の子に対して「優しくしたい」という母性本能を持っている男の子もいるでしょう。そして、最後に最も重要なのが自立本能です。「自分でやりたい」というのは、人間の生存にかかわる重要な本能です。ですから、本能にあらがうのではなく、本能に従った学習方法によって、没頭状態をつくることが重要です。これは最も生産性の高い時間です。
◆子どもの「やりたい」を引き出す「けテぶれ学習法」
子どもの「やりたい」を最大限まで引き出す学習に、葛原祥太先生の提唱する「けテぶれ学習法」という方法があります。これは、以下の四つのプロセスを踏んで学習するという方法です。
①けいかく(計画)
②テスト
③ぶんせき(分析)
④れんしゅう(練習)
詳細:https://note.mu/k_shota/n/n854f31efaba7
たとえば、テストがあったときに、まずは連絡帳にテストの予定を書き込みます。それからテストまでにどのような勉強をするのか計画を立てます。そして実際に模擬テストのような形で、テストに出そうな問題を自分で解いてみて、自分でノートに丸付けをします。その後分析をして、以前に間違えた問題を正しく解けているかの確認をします。それから、間違えた問題を練習するのです。この学習法を取り入れた結果、学年末の漢字テストでは、クラス平均が96点という高得点になりました。
つまり、この「けテぶれ学習法」を取り入れることで、旧来型の量的で他律的な学び方から質的で自律的な学び方へと転換したのです。つまり、学習の自動化が起こり、子どもたちが嫌がらずに勉強できるようになりました。このようにして、子どもたち自身が自律的な学び方のフレームワークを知ることが重要です。
5 プロフィール紹介
京都府公立小学校教諭
採用9年目、京都府立公立小学校教諭。ビジネス界のマインドや手法を取り入れ、子どもと教師のwin-winを目指した『教育の生産性改革』に関する発信を、約1年前からスタート。Twitter(https://twitter.com/saruesteacher)でのフォロワー数は一万人を超え、「さる先生の『全部やろうはバカやろう』」が重版を繰り返し、教育書ベストセラーに。全国から多くの教員が集まった教育フェスwatcha!では、春の京都、夏の東京共に登壇。また、前職ではくら寿司の店長として全国1位の売上を誇るなど異例の経歴の持ち主。
(プロフィールは2019年3月26日現在のものです)
6 関連書籍紹介
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8 編集後記
教育の生産性向上に関する鍵をお話しいただきました。先生も子どももどちらも幸せな生活を送るためには、まず少しだけマインドセットを変えてみることが、重要な一歩になるのかもしれません。この記事が、みなさまの生活によい影響を与えられれば幸いです。
(取材:EDUPEDIA編集部 石川、瀬崎、金田 編集:EDUPEDIA編集部 津田)
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