主権者教育の基礎基本(2)世界の大きな潮流から考える

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欧米各国共通の問題点

欧米各国は、共同体経営や社会参画に関する共通した問題点を抱えています。

  • コミュニティ機能の低下している
  • 政治的無関心の増加している
  • 投票率の低下している
  • 若者の問題行動の増加している

これらの国々では、この問題解決に対して、学校教育への期待が大きくなっています。

  • 集団への所属意識をしっかり身につけさせてほしい
  • 権利の享受と責任・義務の履行の両方をしっかり教えてほしい
  • 公的な事柄への関心や関与を、小さいうちから育ててほしい
  • 社会参加に必要な知識、技能、価値観を、しっかり指導してほしい

この要請から生まれたのが、シチズンシップ教育です。

シチズンシップ教育を端的にいうと、「社会の構成員としての市民が備えるべき市民性を育成するために行われる教育」となりますが、1990年代に北西ヨーロッパから広がり始め、現在では世界の多くの国々で実践されるようになっています。

シチズンシップ教育とクリック・レポート

シチズンシップ教育は、1997年にイギリスの労働党政権(ブレア首相)が、ロンドン大学のクリック教授に諮問したことに始まるといわれます。この諮問の背景には、学力テストによる学校のランク付けなどの政策の反省があったと思われます。

この時の、クリック教授からの回答が「クリック・レポート」と呼ばれます。その要点は3点です。

  • 社会に対する無関心、無知、冷笑的な態度が懸念すべき段階にある。
  • 参加する市民を育成しなければ、我々の民主主義は安泰でない。
  • 「シチズンシップ」を法令教科とするように勧告する。

これを受けて、イギリスでは2002年からシチズンシップ教育が法令教科としてスタートさせました。イギリスにおけるシチズンシップ教育は、「社会的・倫理的責任」「コミュニティへの関わり・参加」「政治的リテラシー・素養」が3つの柱とされています。

選挙権年齢の引き下げの動き

世界の9割の国・地域で、選挙権年齢が18歳以上とされていますが、ヨーロッパ諸国では、選挙権年齢をさらに引き下げる動きが進んでいます。

オーストリアでは、国政選挙権を2007年から16歳以上に引き下げました。スロバキアでは、労働者に限定して、選挙権年齢を16歳以上に引き下げています。デンマーク、スウェーデンでも16歳以上への引き下げを検討しています。ドイツ、ノルウェー、スイスでは、州や市町村などの自治体の選挙において、選挙権年齢を16歳以上に引き下げました。

これらの国々では、選挙権年齢の引き下げにともない、学校教育での新たな動きも出てきています。

ノルウェーでは被選挙権も引き下げられたため、高校生が国会議員に当選しています。スウェーデンでは、住民自治の概念を学ぶため、修学旅行の企画や運営、予算までも全て生徒が決める学校もあるようです。また、学校運営協議会などに、外部有権者とともに、生徒代表が参加する学校も多いようです。ドイツでは「政治」という科目で、国政の課題を生徒に討論させ、主要政党の政策を学んでいます。これらの国々では、現在の日本に比べて、子どもたちにとって政治は非常に身近なものとしてとらえられていると思われます。その一つの例として、実際の選挙の際には、中学生や高校生が、各党の選挙事務所(選挙小屋)をまわることも珍しくないようです。

主権者教育の今日的意義

シチズンシップ教育が、世界の大きな流れとなってきています。シチズンシップ教育では、学校が政治教育の中心として期待され、日常的に社会や政治に関心を持たせる指導が行われます。児童生徒に、社会における意志決定に関わる体験や、そのために必要な技能、例えば、判断する力、意志決定の力、問題解決の力、合意形成の力、情報を取捨選択する力などを、計画的に指導しています。

諸外国の動きとともに、日本もシチズンシップ教育に取り組む必要があるのではないでしょうか。今回の主権者教育を、単に投票行動を促す教育ととらえるのではなく、広い意味でシチズンシップ教育の視点から押し進めるべきではないでしょうか。それは、副教材の「はじめに」に示された記述からも読み取れます。

  • 高校生世代が(中略)自分が暮らしている地域の在り方や日本・世界の未来について調べ、考え、話し合うことによって、国家・社会の形成者として現在から未来を担っていくという公共の精神を育み、行動につなげていくことを目指したものです。
  • 本書を通して、在るべき自分の姿を探求し、社会参画につなげていってください。

アメリカの有権者教育に学ぶ

『判断力はどうすれば身につくのか』(横江公美著 PHP研究所)は、アメリカの有権者教育を紹介した良書です。この中から、小学校における有権者教育の事例をご紹介します。

多民族社会のアメリカでは、幼少期から意志決定のプロセスを学ぶ教育が導入されています。その背景には、やがて有権者となって候補者や政策を見極めるためには、徹底した調査や比較検討、議論などの判断のスキルを身につける必要があるという考え方があります。では、子どもたちはどのようにして、判断する力を身につけているのでしょうか。

ある授業で、先生は生徒にカードを見せています。そのカードに書かれた単語に対して、イエスかノーかで答えよう、と指示しています。まず「アイスクリーム」と書かれたカードを見せます。生徒は一斉に「イエス!」と言います。次に「宿題」と書かれたカードを見せると、今度は一斉に「ノー!」と言います。このあとで、その先生は、それぞれのカードを裏返します。アイスクリームのカードの裏には「にんにく味」と書かれています。宿題のカードの裏には「今日はありません」と書かれています。生徒はこのエクササイズから、うかつに判断すると後悔することがあることを学びます。そのうえで先生は生徒に質問します。「では正しく判断するためには、何が必要だと思いますか。」生徒からは、「話をよく聞く」「よく調べてから判断する」「質問してみる」「いろいろ比べてみる」「誰かに相談してみる」など、いろいろな答えが返ってきます。

学年が上がっていくと、情報の判断を学びます。そのスキルとして、5つの判断プロセスを繰り返すとのことです。

  1. この情報で十分か。
  2. この情報は信用できるか。
  3. この情報は事実と適合するか。
  4. この情報源は信用できるか。
  5. 本当に意志決定するのに十分か。

それぞれのプロセスで、「ノー」ならば振り出しに戻り、「イエス」ならば次の段階に進むという演習を繰り返します。このエクササイズで、情報収集、情報選択、情報判断の習慣を身につけさせます。そのため、アメリカの実際の選挙では、日本に比べて圧倒的に情報量が多く、候補者は、選挙運動で有権者から様々な質問を受けることになるのだそうです。

これらの授業は、ある先生のオリジナルではなく、どの小学校でも広く行われています。このような指導を積み上げていき、最終的には、高等学校等で模擬裁判、模擬選挙、模擬誓願などの体験授業を行います。判断に対する意識やスキルをしっかり身につけたうえでの体験学習がカリキュラムとしてデザインされているわけです。ぜひ日本でも、この点を見習いたいところです。

シリーズで投稿しています。
主権者教育の基礎基本(1)いま何が求められているのか
主権者教育の基礎基本(2)世界の大きな潮流から考える
主権者教育の基礎基本(3)政治的中立とは
主権者教育の基礎基本(4)カリキュラムをデザインする

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